【日々怪談】2021年7月27日の怖い話~釣れた
【今日は何の日?】7月27日: お寝坊さんの日
釣れた
遅い夏休みが取れた悠稀は、いそいそと釣り竿を担いで穴場に出かけていった。
磯には人影がない。
が、ライバルがいなければ釣りには絶好かと言えば、そういうものでもない。
前日のギリギリまで残業をしたのが敗因か。早起きするつもりが昼すぎまで寝すぎた。
慌てて車に竿を突っ込んで出かけてきたものの、どうも空模様が怪しい。
「こりゃ、夕方あたり一雨くるかなぁ」
釣り糸を垂れて、二時間もすぎただろうか。
悠稀の不安は的中し、あっという間に厚い雲が低く垂れ込めてきた。湾内の凪いだ波間にぽつりぽつりと水紋が広がったかと思うと、さわさわと雨が降り始めた。
しかし、水平線の辺りから夕日が差し込んでいる。雲も流れているし、この雨は長くは続かないだろう。
「こりゃ通り雨だ」
雨合羽はもちろんある。
が、濡れてすごすのもいやだ。だから、とりあえず竿はその場に置きっぱなしにして、雨宿りをすることにした。
近くに停めた車の中に逃げ込み、タバコに火を点けて窓越しに竿先を眺める。
アタリがあれば、すぐに飛び出せるように身構えていると、竿がぴくりと揺れた。
「きた!」
火を点けたばかりのタバコをくわえたまま車を飛び出した。
〈早く合わせなくちゃ!〉
埠頭を走りながら、竿を持って行かれやしないかとヒヤヒヤした。
竿先から伸びた糸は波間に浮き沈みする浮きに続いている。
と、何やら妙に白いものが仕掛けの上のほうにまとわりついているのが見えた。
〈なんだ、ビニールか?〉
竿をつかんで、ぐいと引きあげる。
糸の先を〈手〉が握りしめていた。
海面から突き出た白い手は、針、浮き、オモリをぶよぶよとした手首に絡め取るようにして、糸を引いている。悠稀は咄嗟に手元で糸を切った。
〈手〉は糸を引きながらゆっくりと海中に没していった。
――「釣れた」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より
#ヒビカイ # お寝坊さんの日