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服部義史の北の闇から~第5話 眼鏡~

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 ここ一年程、財津さんは困っていることがあった。

 朝、目が覚めると、枕元に置いてあったはずの眼鏡がないのである。

 どこに置いておいたのかと暫く探すと、毎回、違う場所で見つかる。

 それはキッチンだったり、酷いときは風呂場で見つかったりもした。

 もしかしたら、自分は夢遊病の可能性があるのかもしれない。

 そうは思っていても病院を受診する暇もない。

 その為、毎朝少し早く起きて眼鏡を探す時間までを考慮する生活が続いていた。

 ある日の夜中、財津さんはふと目が覚めた。

 時計を確認しようとするが、やはり眼鏡がない。

 何とか目を凝らして見ると、午前三時を回っているようだった。

 いつもは朝まで目が覚めることなどはない彼だが、すっきりとした感覚で起きた。

 眠気などは一切ないのだが、こんな時間にやることも見つからない。

 何とか寝直そうと試みるも、どうしても寝付けそうになかった。

 一度気持ちをリセットしようと、キッチンへ向かい水を飲もうとした。

 照明のスイッチに手を伸ばそうとすると、視界の先に人影のような物が薄っすら見える。

(泥棒か?)

 身構え、照明を点けるのと同時に彼は叫んだ。

「誰だッ! 動くな!」

 灯りに照らされた人を見ると、財津さんの思考は停止する。

 弱い視力で見ているとはいえ、見間違うはずもない。

 うろついていた人は、もう一人の彼そのものであった。

 何かの作業をしているように、手を動かし続けている。

 キッチンという場所から考えるに、食事の支度をしていると思える。

 ただ、キッチン用品などは触れないようで、まるでエア調理をしているとしか見えなかった。

 財津さんのことを放置して動き続けていることから、こちらのことは見えていないようにも思える。

 とりあえずは様子見を兼ねて、少し離れた場所から、もう一人の自分を観察し続けた。

(色もあるし、立体的だよな。幽霊、というのとは違うのか。そもそも俺は生きているんだから、それはないか)

 俄然興味が湧いてきて、細部まで自分を見つめていた。

(あっ、そういえば眼鏡も掛けているじゃん。眼鏡まで含んで俺ってことか)

 そんなくだらないことまで考える自分に笑えてきた。

 そのとき、もう一人の自分が眼鏡を外すと、キッチン横のレンジの上にそっと置いた。

 眼鏡を外した自分は、どんどんと色を失っていき、やがて煙のように消えてしまった。

 財津さんの意識も薄れていき、その場に倒れ込んでしまう。

 目が覚めると朝になっていた。

 やはり昨夜消えていた眼鏡は、レンジの上で見つかった。

「どうして眼鏡が移動するのか、という理由は分かったような気がします。ただ、探す手間は相変わらず必要なので、そこが困るところですよね」

 財津さんは眼鏡を新調することも考えた。

 ただそれをすることによって、想像できない弊害が起きる可能性もある。

 それ故、未だに決断できていないという。

著者プロフィール

服部義史 Yoshifumi Hattori

北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。

★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は7/31(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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