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服部義史の北の闇から~第9話 メモ~

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 田原さんは狭いアパートで一人暮らしをしている。
 ある日のこと、仕事から帰宅すると玄関ドアに付いている郵便受けに一枚のメモが入っていることに気付いた。

『明日、右足を捻挫するから気を付けるように』

 走り書きのようではあるが、預言めいた内容に戸惑う。
 そもそもこのメモが田原さん宛ての物なのかどうかも分からない。
 差出人のような記名もなく、ただただ不審な文面である。
 気持ちの悪さを感じたが、新しい悪戯として流行っている物なのかもしれない。
 クシャッと丸めて、そのままゴミ箱へ投げ捨てた。

 翌日、営業の外回りで通りを歩いていた。
 すると通りの向こうから、物凄い勢いで大型の犬が駆け寄ってくる。
 更にその背後から必死に追い掛ける中年女性の姿が見えた。
 その直後、田原さんは大型犬に押し倒され、路上に倒れ込んだ。
 覆い被さる犬に凶暴性は感じられない。
 ただただ遊んでほしいように田原さんの顔を舐め続けてくる。

「こら止めなさい、タロー!」

 息も切れ切れに追いついた女性は必死に引き剥がそうとするが、力が強い為になかなか自由にはなれない。
 田原さんも下から力を込めて、漸く解放された。

「本当にすみません。お怪我はありませんか?」
「いやいや大丈夫ですよ。気にしないでください」

 田原さんは丁重に謝る女性を見送り、外回りを再開しようとした。

「あ、あれ?」

 急に右足首が痛み出した。
 靴下を脱ぎ確認すると、想像以上に腫れ上がっている。
 何とか歩こうとするも、足を地面に着いただけで、激痛が走るようになっていた。

「あちゃー、やっちまったな」

 とりあえず、職場と営業先に連絡を入れて、タクシーを拾うと病院へと向かった。
 検査の結果、捻挫と診断される。
 結構重症だったらしく、完治までの一、二週間は安静にするように言われた。
 仕方がないので、会社へ状況説明をし、その日は直帰することとなった。

(暫くはデスクワーク専門で……。問題は通勤だよなぁ)

 松葉杖を借りることはできたが、不慣れな為、階段の上り下りが非常に困難なものであった。
 漸く自宅へ戻ると、大きな溜息が零れた。

「ふぅー、疲れたぁー」

 靴を脱ぎ捨て、郵便受けを開ける。
 複数のチラシの間から、スルリとメモ紙が落ちた。

「あっ……」

 すっかりと忘れていたが、昨日のメモの内容が思い出された。
 まさかとは思いつつも、新しいメモが気になる。

『だから言ってたのに。今度は火傷だって』

 また不穏な言葉が記されていた。
 差出人の正体は気になるが、捻挫の件は単なる偶然の可能性もある。
 メモが火傷と指定してくるのならば、回避することで全てを気の所為にしてしまいたかった。
 とりあえずは火の気を避ける為に、テレビを見て時間を潰すことにする。
 途中でコーヒーが飲みたくはなったのだが、敢えて我慢し、ジュースで喉を潤した。

(何とかなりそうだな。このまま今日を乗り切れば……)

――今日?

 そこで違和感を覚える。
 新しいメモには日付の指定はなかった。
 どうして今日だと思ったのだろう。
 むしろ指定がない以上は、自分が生きている限り、対象になるのではないだろうか。
 この先、一度も火傷をしないままで生涯を終えるとはとても考えにくい。

「やっぱ悪戯なんだよ、これ」

 田原さんは心のどこかで怯えていたことが急に恥ずかしくなった。
 そして安心すると、急にお腹が減ってきた。
 台所に立ち、調理をすることは足の状態から言って大変難しい。
 手っ取り早く、とカップ麺を食べることにした。
 かやくと粉末スープを入れ、お湯を注ぐ。
 そのタイミングで玄関チャイムが鳴った。

「はいはいーっと」

 田原さんはカップ麺をその場に置き、片足で飛び跳ねながら、インターホンモニターに向かう。

「はい……」

 インターホンに返事をした瞬間、彼の思考が固まる。
 映し出されていたのは、どう見てもスーツ姿の田原さん本人であった。

「あれ? えっ? あれ?」

 動揺した言葉が零れると、反応するようにもう一人の田原さんは消え失せてしまった。
 言葉にならない悲鳴を上げながら、後ろに飛びのく。
 その足が、何故か床にあったカップ麺の上に直撃し、思いっきり踏み抜いてしまった。

「あっづぃーーーーー!!」

 田原さんは、じたばたとその場で転げ回る。
 捻挫した方の足首も痛むが、今はそれ以上に火傷の足が痛い。
 やや暫くの間は悶絶していたが、少しだけ落ち着きを取り戻すと浴室へと這っていき、冷水で火傷の足を冷やした。

「意味が分からないでしょ? 未だに僕も分かんないんですもん」

 翌日、田原さんは痛む両足を押して、無理矢理に出社した。
 本当は会社を休むことを考えていたが、家にいる間にまた何かが起きそうな予感があったからだという。
 帰宅すると、また郵便受けにメモが入っていた。

『うまく逃げたね。やるじゃない』

 そのメモを最後に、半年間は何も届いていないらしい。

「もう、安心してもいいってことですかね? ねぇ、そうですよね?」

 田原さんは同意を求めるように、何度もその言葉を繰り返した。



著者プロフィール

服部義史 Yoshifumi Hattori

北海道出身、札幌在住。幼少期にオカルトに触れ、その世界観に魅了される。全道の心霊スポット探訪、怪異歴訪家を経て、道内の心霊小冊子などで覆面ライターを務める。現地取材数はこれまでに8000件を超える。著書に「蝦夷忌譚 北怪導」「恐怖実話 北怪道」、その他「恐怖箱」アンソロジーへの共著多数。

★「北の闇から」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は9/25(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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