算命学とは?
算命学とは、古代中国で生まれ、王家秘伝の軍略として伝承されてきた占術である。恐ろしいほどの的中率をもつその占いは、生年月日から導く命式で霊感の有無、時には寿命までわかるという。本連載は、算命学の占い師・幽木武彦が鑑定の中で遭遇した戦慄の実話怪談をお届けします!
#1 丑寅の間
「田舎にある夫の実家なんですけどね。二階の客間が気味が悪いんですよ」
眉をひそめて言ったのは、ネットを通じて懇意になり、いろいろと話をするようになったお客さんだった。
俵さんという、三十二歳の主婦。
月干支に「辛亥【しんきんのい】」、日干支に「辛巳【しんきんのみ】」という二つの異常干支を所有している(つまり月干支と日干支が「納音【なっちん】」という状態。こういう人はとても用心深い)。
★異常干支とは?
全部で六十パターンある干支の組み合わせ中、十三個しか存在しない特別な組み合わせ。
異常干支を持つ人間は、そうでない人間に比べて変わった人生を歩むことが多い。強い霊感を与えられる者も少なくないという。
★納音とは?
天干が同じで地支が対冲している場合に成立する。
件の家は、G県I郡の片田舎にあった。
築四十年ほどになる木造二階建ての一軒家。俵さんの夫の、老いた両親が住んでいるという。
二年前に、同居していた老婆——俵さんの夫の祖母が他界していた。
誰にでもやさしく明るかったその祖母は、長いこと認知症をわずらった。そして病気になってからは、人が変わったようになった。
来る人来る人に暴言を吐き「帰れ、泥棒」だの「みんな逃げるんじゃ。祟りが来る」とわめいては、半狂乱になることのくり返し。
そんな祖母が亡くなり、言葉は悪いがようやく静かな日々が戻った。
義理の母親の介護に明け暮れた俵さんの夫の母親は、一気に老けこんだ。
俵さんが件の客間に違和感をおぼえたのは、祖母の一周忌のとき。一年前の、暑いさかりのことである。
一周忌に参列するために遠方からやってきてくれた親族が宿泊し、その夜はとてもにぎやかだった。
いつもなら二階の八畳間——もともとは両親が使っていた広い部屋に寝泊まりすることの多い俵さんたちだったが、エアコンのついている部屋は、一階のリビングと両親たちの寝室を除けばその部屋以外ない。
俵さんたちはそこを客にゆずり、自分たちは六畳の客間で休むことにした。
だが、何だか落ちつかない。
扇風機だけでは寝苦しかった。
その部屋を使うのは初めてだったが、それまで幾度となく実家で寝泊まりしているのに、いつもは感じたことのない居心地の悪さを俵さんはおぼえた。
客間には立派な床の間がしつらえられ、掛け軸や活け花が飾られている。
地袋の上には、亡くなった祖母の趣味で布袋様の木彫像やガラスケースに入った市松人形が飾られていた。
眠りはちっとも訪れてくれなかった。
隣の八畳間で使われているエアコンの室外機の音にうらやましさを感じた。
俵さんは何度も寝返りを打ったという。
そして、汗ばむ身体に不快感を感じつつ、やがてまた地袋のほうに寝返りを打った。
明日は早く起きなければならないのに弱ったなと思いながら、見るともなしに市松人形を見た。
人形が、俵さんを見ていた。
あり得ない角度。
ギロリと目を剥いている。
ここから出ていけ、すぐに、という激しい憎悪を俵さんは感じた。
噴きだしていた汗が一気に引いた。悲鳴をあげそうになった俵さんは布団から飛びおき、慌てて明かりを点けた。
市松人形は、元通りになっていた。
結局俵さんは、それから一睡もできなかったという。
客間の真下は、長いこと祖母が使っていた仏間兼用の四畳半だった。
方角は、鬼門と言われる丑寅の方向を向いている。
私は俵さんに、信頼している霊能者を紹介した。
霊能者の女性から毘沙門天の仏像を譲りうけた俵さんは、夫の両親をなんとかごまかし、仏さまを客間に置くことに成功した。
それ以来、今のところ怪異はない。
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著者プロフィール
幽木武彦 Takehiko Yuuki
占術家、怪異蒐集家。算命学、九星気学などを使い、広大なネットのあちこちに占い師として出没。朝から夜中まで占い漬けになりつつ、お客様など、怖い話と縁が深そうな語り部を発掘しては奇妙な怪談に耳を傾ける日々を送る。トラウマ的な恐怖体験は23歳の冬。ある朝起きたら難病患者になっており、24時間で全身が麻痺して絶命しそうになったこと。退院までに、怖い病院で一年半を費やすホラーな青春を送る。中の人、結城武彦が運営しているのは「結城武彦/幽木武彦公式サイト」。