「片町酔いどれ怪談 」営業のK 第4回 ~片町が遊び場~
最近は、夜の片町でも子供の姿を眼にする事が多くなった。
小学生くらいの子供を連れた外国人ファミリーが、深夜1時過ぎの片町を歩道の道幅いっぱいに闊歩している光景だって珍しくはない。
しかし、今回書くのは生きている人間の子供の話ではない。
一見、普通の子供にしか見えないのだが、その姿は誰にでも見える訳ではない……そんな霊の話である。
確かに片町にはライブ会場に現れる子供の霊や、一ヶ所にじっと佇んで動かない男の子の霊が見える場所が存在する。
それに関しては以前ブログでも書いた事があるのだが、いつからかこんな噂を耳にするようになった。
それは、真夜中の片町を一人で歩き回る、恐ろしい女の子がいる――という噂である。
しかも、ランドセルを背負った小学生の姿をしているのだという。
その噂を初めて聞いた時、俺はたいして興味を引かれなかった。
どちらかと言うと、「あまり怖そうもないな」という印象しか持たなかった。
しかし、いざ自分が遭遇してしまうとその印象は一変した。
その女の子の姿を最初に視たのはその話を聞いてから1ヶ月ほど経った頃だった。
人気のラーメン店に並ぶ客の列を、その子はすぐ近くから眺めるようにして立っていた。
確かに背中に赤いランドセルを背負っている。
時刻は既に午前1時を過ぎており明らかにその光景は異質なものだった。
しかし、やはりと言うべきか、視える人にしかその姿は見えていないようだ。
並んでいる客を見る限り、全く気付いていないように思われる。
女の子は誰かを探すように辺りをキョロキョロと見回していた。
誰かを探しているのか?
こんな深夜に……。
もしかすると、両親を探しているのかも……。
そう想像して少し可哀想に感じていた時、突然女の子と目が合った。
女の子は一瞬嬉しそうな顔をすると、俺の方に向かって歩き始めた。
……明らかに生きてはいないモノが此方へと近づいてくる。
しかし、相手はまだ幼い女の子。
決して恐れるものではないのかもしれないが、その時俺が感じていたのは紛れもない「恐怖」だった。
女の子は笑っていた。
だがそれは無邪気な笑顔とは程遠い、何か邪悪な魂胆を隠し持っているような薄気味悪いものだった。
危険を感じた俺は、その場から逃げるように立ち去ろうとした。
大人の足に子供が追いつく筈がない。
俺は何度も後ろを振り返りながら、ひたすら足を動かす。
しかし、女の子との距離はいっこうに広がらなかった。
別に女の子が走っている訳ではない。普通にテクテクと歩いているだけ。
それなのに、何故か女の子との距離は広がっていかない。
俺は自分の歩く速度を上げた。
それでも女の子は俺の10メートル程後ろから離れる様子はない。
そこからは全力で走った。
ただもう逃げたい一心で、周囲からの好奇の目も気にする余裕は無かった。
無我夢中でどれだけ走ったか。
気が付いた時には、俺の背後から女の子の姿は消えていた。
ホッと胸を撫で下ろしたが、厭な怖気が残っている。
気分を変えたくてもう少しだけ飲んでから帰る事にした。
立ち寄った店で水割りを一気に飲み干し、追加を注文してからトイレに入る。
少し気分が落ち着いてきた。
戻ってもう一杯飲んだら帰ろう。
そう思いながら用を足し、振り返ったその時――――
あの女の子がトイレのドアの前に立っていた。
なぜか血まみれで。
じっとりと恨みのこもった眼で俺を見上げている……。
俺はたえきれず、その場で絶叫してしまった。
何事が起きたのか?と店の常連客が慌ててドアを開けようとしてくる。
どうしたんだ⁉と叫ぶ声が何度も聞こえたが、俺は完全にその場に固まってしまっていた。
やがて女の子は俺と視線を合わせたまま、スーッと消えていった。
時間にしたらほんの数秒だろう。
ヨロヨロとトイレから出た俺に、常連客達が矢継ぎ早に質問してくる。
俺は何も応える気にはなれず、黙って首を振り続けた。
もう、悠長に酒を飲んでいる気分ではなかった。
勘定を頼むと、無言で店から出た。
廊下で1階へ降りるエレベーターを待っていると、すぐに到着しドアが開いた。
と、同時に響き渡る悲鳴。
それは俺ではなく、エレベーターに乗っていた別の店の女性スタッフが発したものだった。
彼女の視線は俺のすぐ〈隣り〉に向けられていた。
本能的に嫌がる眼球を動かし、恐る恐る右横に眼をやれば、やはり先ほどの女の子が血まみれの姿で立っていた。
そして、また同じように俺とその女性の前でスーッと消えていく。
だが、姿が消える刹那。
女の子が一瞬だけ子供らしい、無邪気な笑顔になったように俺には見えた。
そのあと俺は逃げるように帰宅したが、今度は霊障が気になってきた。
通常、あんなに近くで霊に接触すれば、高熱でうなされたり、とり憑かれたりしてもおかしくはない。それまでの体験で、嫌というほど俺は分かっていた。
しかし、結論から言うと俺の身に霊障らしい霊障は何も起こらなかった。
そこで、俺はいつもお世話になっているAさんという女性霊能者に相談した。
Aさんも片町でよく飲んでいるから、ひょっとして何か心当たりがあるのでは……と思ったのだ。
すると、予想外の言葉が返ってきた。
「ああ……あの子ですか?
まだ片町をふらついているんですね。あんなに厳しく叱ったのに」
「ど、どういうこと?」
面食らう俺に、Aさんは言った。
あの子は決して悪霊じゃないんです。
あの子がやっているのは、遊びの一種なんですよ。
自分が死んでいる事もしっかり理解したうえで、大人達を怖がらせて遊んでるだけ。
それはあの子自身が楽しいからやっているだけで、そこに悪意はない……。
だから、最初にあの女の子を見つけた時、厳しく叱ったんですよ。
自分の姿が見える人を探しては、驚かせて楽しんでいましたからね。
「こんな所でこんな遊びをしちゃ駄目!」ってね。
それからあの子の姿は見かけなくなったから、きっと別の場所に行ったのかと思っていたんですけど……単に私に見つからないようにしていただけなんですかね?
今度会ったら、しっかりとお灸をすえておきますよ―――と。
それ以来、その女の子の姿を見る事は無くなったが、やはりAさんからキツイお灸をすえられたのだろうか……。