「片町酔いどれ怪談 」営業のK 第10回 ~窓越しに見えた光景~
これは、俺が社会人になりたての頃の話である。
その日は週末という事もあり、先輩に連れられ片町へと繰り出した。
先輩と俺達新人が4人。
2軒ほど飲み屋を廻ったところで、先輩が「俺、明日早いから」と帰ってしまい、一旦そこでお開きになった。
何となく飲み足りない気分だった俺達は、中の1人が住んでいる片町からほど近い、犀川沿いのマンションへと移動することになった。
時刻は午前1時をとうに回り、午前2時近かったと思う。
季節は夏。明日は仕事も休み。
そうとくれば、若い俺達がついつい解放的になってしまうのも仕方がない。
本当ならばそのまま片町で飲んでいたかったが、そこは新入社員の悲しさで、先立つ物が無い。
遊びたいが財布が寂しい俺たちは、近くに在る同僚の部屋で朝まで飲み明かし、仮眠を取ってから帰ろうということになったのだった。
片町のコンビニでつまみと酒を買い込み、犀川沿いの道を歩きながらワイワイガヤガヤと盛り上がる。
甚だ近所迷惑で、今となっては恥じ入るばかりだが、当時は社会に出たばかりで覚える事も多く、毎日慣れない仕事に追われ、翻弄される日々……。
皆、何か面白い事や羽目を外せる時間に飢えていたのかもしれない。
と、そのとき――。
1人が突然、「おい、静かにしろ!」と自分の口に指を当てて俺たちを制した。
俺達3人は訳が分からず、きょとんとする。
急に真顔になったそいつは、無言である方向を指さした。
促されて、俺達もそちらに視線を向ける。
次の瞬間、その場で全員が固まった。
もう午前2時を過ぎていたから、視界に入る建物の明かりは殆ど消えている。
そんな暗闇の中で、とあるビルの2階から眩いばかりの明かりが漏れていた。
そのビルは、道に面している部分が全面ガラス貼りになっており、一見するとダンス教室のレッスン場のようにも見えた。
窓の外の暗さとは対照的に、白く眩しい光が闇に浮かび上がっている。
ある意味、それはとても幻想的な風景に見えた。
しかし、俺達が固まった原因は、その風景ではなかった。
俺達が固まったのは、ある光景を見てしまったからだ。
その光景とは……。
俺達が見ているガラス窓を背に、何人もの女性が姿勢よく窓際に立っていたのだ。
それも……裸で。
人数的には、たぶん10人位は居たのではないかと思う。
女性達は誰もが素晴らしいスタイルをしており、それは窓越しに見える後ろ姿からでもよく分かった。
俺達は、見つからないように静かに身を屈めた。
お察しの通り、全員がその時点で舞い上がっていた。
まるで宝物でも見つけた子供のようにドキドキ感が半端なかった。
たぶん、その場にいた全員が同じことを想像していたのだと思う。
それは――今自分たちが見ているのは、何か裏社会的なオーディションなのではないか? ということだ。
あのビルの2階は、や〇ざ、もしくは闇の組織のアジトであり、全国から集めてきた女性を人身売買の為に品定めしているのではないか……。
そういう都市伝説的な妄想を各自が頭の中で巡らせていたのではないか、と思う。
今思うと、さすがに馬鹿馬鹿しい発想だが、その時の雰囲気というのは、そういう妄想がピッタリくるような、陰湿で危険な感じがしたのも事実だった。
裸で並ぶ女たちのほかに、部屋の中を歩き回る黒服の男たちの姿もちらちらと見えたのだから。
とにかく、何が行われているにせよ、俺達にとってこれは事件だった。
背中とはいえモデルのような素晴らしいスタイルの女性達の裸が見られる上に、ある種の探偵気分――もっと言えば、何かあったら俺達が助けに行くんだ!というようなヒーロー気分にまで浸れてしまう、最高に高揚するシチュエーションであった。
それから俺達は、通りと犀川の川原を隔てるように立つ、コンクリートのフェンスに身を隠しながら事の成り行きを見守った。
もうその時点で、俺達の誰もがドラマに出てくるヒーローになりきっていたのかもしれない。
が、次の瞬間、窓越しに見える光景が変化した。
先程までは、窓際に並ばせた女性を品定めするかのように不審な黒服の男達が代わる代わる部屋の中を動き回っていた。
それが、今度はその女性達に対し、酷い暴力を振るい始めたのだ。
最初は平手で顔をぶつような感じだったが、やがてそれは平手ではなく拳で殴りつける様子に変わっていく。
髪を掴まれ、引っ張られたり振り回されたり……見るにたえない様相を呈してきた。
勿論、俺達が隠れている位置からでは全ては見えなかったが、それでも其処で行われているであろう暴力の酷さは、はっきりと伝わってきた。
俺達はお互いの顔を見合わせた。
酔いは完全に醒めてしまっていた。
どうする?
目で互いに問い合うが、答えは決まっていたようなものだ。
先程までのヒーロー気分は掻き消え、俺達は傍観者に成り下がった。
面倒な事に巻き込まれるのは避けたかったし、もしかしたら合意なのかもしれない。
それに……はっきり言ってしまえば、裏社会の人間から恨みを買うのが怖かったのだ。
まさか殺すまではいかないよな……?
そう、勝手に判断していた。
何故なら、どれだけ暴力を受けてもその女性達は逃げる事も叫ぶ事もせず、すぐに自分の立ち位置へと戻り、何事も無かったかのように平然と窓に背を向け、立ち直していたのだから。
しかし、そのまま様子を見守っていると、突然、窓際に立つ女性達が消えてしまった。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
窓際から離れたというより、ぱっと消えたかのよう見えたのだ。
俺たちは互いの顔を見合わせ、静かにざわめいた。
何が起こったんだ?
もう終わってしまったのか?
そうこうするうちに、またその女性達が窓際に立たされていくのが見えた。
今度は窓に……つまりは俺達の方へ顔を向けて。
どの女も、まるでマネキンのように無表情だった。
そして、全員の女性が窓際に再度立たされた瞬間、俺達は信じられない光景を目の当たりにしてしまう。
1人の黒服が女性達に近づき、その中の1人の首を大きな日本刀のようなものでゆっくりと切り落としたのだ。
1人1人順番に……。
男が手にした日本刀をゆっくりと一振りすると、女の首がゴロンと下に落ちていく。
その首から、特殊効果のごとく派手な血しぶきが噴きあがった。
マジック。
そう、マジックのようだった。
何故なら女性達は怯える事も、逃げる事もしないまま、黙って順ぐりに首を落とされていたから。
だが、その光景は怖いほどにリアルであり、気味の悪い儀式のように感じた。
俺達は嘔吐する者、嗚咽を漏らす者など様々だったが、それでもなぜか目の前のビル2階の窓から目が離せないままでいた。
目は離せない。
だが、恐怖に体はガタガタと震えていた。
それは目の前の光景の凄惨さのせいでもあったが、こんな殺人を目撃してしまった俺達も、もし見つかってしまえばただでは済まない、
下手をすれば女性達と同じように殺されるかもしれない……という恐怖に他ならなかった。
早くこの場を離れなければ。一刻も早く。
だが、恐怖で腰が抜けた俺達は動けなくなっていた。
ただ視線ばかりが、いまだにその窓に釘付けになっている。
そうこうするうちに黒服の男は、斬首した女の首を窓際に並べ始めた。
女達の顔は最初に見た時と同じ無表情のまま、窓下にいる俺達を見つめていた。
と、次の瞬間、マネキンのような女達の顔が一斉にニターっと笑った。
目が弓なりになり、口角がいやらしく上がる。
気がおかしくなりそうだった。
俺達は、どこをどう通ったのかも記憶していないが、気がつくと、友人のマンションの前にへたり込んでいた。
そして、全員が部屋の中に固まり、一睡も出来ないまま朝を迎えた。
それから数日間、俺達は何かに怯えながら生活する事になった。
しかし、その夜の出来事が新聞やニュースに載る事は無かったし、見知らぬ誰かが突然部屋のチャイムを鳴らしたり不審な電話が掛かって来る事も無かった。
それ以後、その時のメンバーが行方不明になったという話も聞かないのだが、あの日、俺達は一体、何を見てしまったのか?
全員が同じ記憶を共有している。
だとするなら、あれは集団催眠のようなものだったのか?
今となっては、全てが謎のままである。
ただ、冷静になった今だからこそ思い出せることもある。
女性達は首を切り落とされた後も間違いなくそのまま直立で立っていた。
そして、日本刀を握った男の顔は、1人また1人と首を切り落としていくごとに満面に笑みになっていき、どんどんとその顔を人外の妖怪のように変えていったのを、間違いなく俺は見ていた。
そして、首だけになった女性達がどうしてニターっと笑ったのか?
それはもしかしたら……。
彼女らが、外から隠れて見ていた俺達に気付いていたからではないのか?
今ではそう思えて仕方ない。
しかし、此処にその話を書いたのを契機としてもう忘れてしまったほうが良いのかもしれない。
それはきっと、生きている人間が見るべき光景ではなかったのだと思うから。
そのビルは、今も片町近くの犀川沿いの道にひっそりと現存している。
著者プロフィール
著者:営業のK
出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話!
★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は8/7(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!
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