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【書評】幽霊という死した存在に思いを馳せてしまう一冊——「呪女怪談」牛抱せん夏【卯ちりブックレビュー】

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5月28日発売の文庫『呪女怪談』の書評です。

今回のレビュアーは卯ちりさん!

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書評

 女優であり怪談師の、牛抱せん夏による3作目の怪談文庫単著である。昨年3月に発行された初単著「呪紋」から、わずか1年半足らずで3冊上梓という精力的な執筆ペースに驚きつつも、常日頃から彼女が蒐集している多数の怪談を、開催がまだまだ難しいライブの場のみならず、書籍という形でも堪能できるのは有難い。

 前作同様に、牛抱せん夏自身が怪談ライブで実際に語っている怪談も幾つか収録されていると思われるが、今作の傾向は、刺激的で新鮮な恐怖よりも、怖さと温もりが共存している郷愁的な怪談と言うべきか。体験者個々人の記憶に深く根ざしたパーソナルな体験が多く、収録作の多くが体験者の一人称で書かれており、ポツポツとつぶやくように語られる読み口からも、それは伺える(この計らいは、彼女が怪談師という語り手であるが故かもしれない)。

「もひとさん」は、幼少期・中学生・高校生・社会人と、ある女性が人生の中で幾度か体験した話の連作だ。実家に棲む、謎に包まれた視えない存在のもうひとりさんこと「もひとさん」に対し、普段はその存在を意識しておらず、奇妙なことが起こるたびに「もひとさん」のことを思い返す。女性は視えないもひとさんを殊更恐れずに受け入れつつも、付かず離れずの距離感が興味深い。日々の暮らしに寄り添う怪談とは、こういう自然体なものかもしれないと思わせるエピソードだ。

 そして今作では体験者のみならず、自分の人生に寄り添う、思い出と一体となった自身の怪談を捧げている。終盤「故郷」以降の、彼女の生家と家族の歴史を綴った一連の出来事は、怪談師・牛抱せん夏の源泉であり、彼女の魂の拠り所だろう。幼少期に過ごした家の記憶――冬の深々とした雪に埋もれる家屋の静けさと冷たさ。木の軋む家鳴り、家族の団欒、炬燵やお茶、部屋の温もり。記憶の糸を手繰り寄せるように描かれた一連の文章を読むと、かつて在った家と、そこに住む人々の暮らしの軌跡がありありと浮かぶ。亡くなったサチコおばさんが足音を残していくエピソードは、家の歴史と彼女の生前を知ることでより一層、怖さと哀しみが募る。

 普段は恐れの対象である怪談も、この本では、まるで川底で拾った美しい石のような、小さな宝物のように思えてくる。「足音」の最後に掲載された地蔵尊の愛おしい写真を見つめながら、幽霊という死した存在に思いを馳せてしまう一冊だった。

レビュワー

卯ちり

実話怪談の蒐集を2019年より開始。怪談最恐戦2019東京予選会にて、怪談師としてデビュー。怪談マンスリーコンテスト2020年1月期に「親孝行」で最恐賞受賞。

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