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【書評】「化け物」たる存在へ、哀悼の意を表したい——「拝み屋備忘録 ゆきこの化け物」郷内心瞳【卯ちりブックレビュー】

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5月28日発売の文庫『拝み屋備忘録 ゆきこの化け物』の書評です。

今回のレビュアーは卯ちりさん!

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書評

 この本は前書きにて、「気分を悪くされたり、背後に得体の知れない気配を感じても、残念ながら私は何もしてあげられない」との、警告が記されている。本書に収録されている、「祟り」にまつわるすべての怪談を象徴する一言だろう。しかし、この一冊を読み終えた後に改めて思い返すと、この言葉に込められているのは、本書の最後の頁にて語られる、「凄まじい哀惜と寂しさ」ではなかろうか。拝み屋という職業が背負わざるをえない、ひとの苦しみに寄り添うがための、重みと悲しみ。単なる怖さ以上のものがのし掛かってくるのが、この「ゆきこの化け物」である。

拝み屋備忘録シリーズはその名の通り、拝み屋を営む郷内心瞳の元へ相談に訪れた人々の体験談を中心に、憑かれ、祟られる怪談で構成されている。体験者の視点で綴られる、実話怪談としての体裁をベースにしつつも、このシリーズでは「祓う」側目線ならではの、様々な祟りの因果応報が垣間見える。祟られる側は粗相や殺生といった何かしらの原因があり、例えば「梵字」では幸い反省によって報われるものの、「実践と結果」「その報い」などは、若き日の過ちを悔いても時すでに遅く、不幸が訪れている。これらの話を読む限りでは、祟りには不条理よりも道徳的な側面を感じるのだが、もしも祟られる側、即ちお祓いの依頼者が、自らの悪事を悔いて反省することのない人間の場合はどうなるか。連作の最終話「ゆきこの化け物」にて、お祓いに訪れた救い難い人間とのやりとりが綴られているが、拝み屋としての矜持をかけた郷内心瞳の出した結論を、ぜひとも見届けてほしい。

そしてまた、祟る側の存在というのも、かつては生きた人間であり、霊現象は燻り続ける彼らの念であるということも、本書の怪談は同時に思い出させてくれる。拝み屋が対峙し、成仏を願って祓う対象は、常に誰かの魂であり、すべての幽霊は生前にはそれぞれの名前を持ち、それぞれの人生を歩んでいたはずである。そこに向き合わねばならない拝み屋の業を感じる力作である。

本書の中核をなす「たまこと苦界」から始まる連作のあらすじと顛末について言及するのは、内容の核心に触れるので差し控える。しかし、なんとも悲しい題名のついた一冊である。ドレスを纏い、微笑みを浮かべた静かなる「化け物」たる存在へ、哀悼の意を表したい。

レビュワー

卯ちり

実話怪談の蒐集を2019年より開始。怪談最恐戦2019東京予選会にて、怪談師としてデビュー。怪談マンスリーコンテスト2020年1月期に「親孝行」で最恐賞受賞。

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