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第1回最恐小説大賞受賞作『ヴンダーカンマー』の底知れぬ魔力を探る。作者の星月渉さんロングインタビュー

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第1回最恐小説大賞を受賞した注目のイヤミスホラーヴンダーカンマー』(星月渉)が、7/16に発売となりました。その魅力を作者の星月渉さんのインタビューとともにご紹介いたします。

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最恐小説大賞とは?

小説投稿サイト〈エブリスタ〉と竹書房がノールール、ノータブーで募る全く新しいホラー小説の賞です。 心霊、サイコ、サスペンスなどジャンルは不問、とにかくいちばん恐い話を決めようという目的のもと生まれた、バーリトゥードなコンテストです 。第1回は433作品が応募、長編の『ヴンダーカンマー』(星月渉)と、短編連作の『怪奇現象という名の恐怖』(沖光峰津)W受賞に輝きました。

『ヴンダーカンマー』のあらすじ

山に囲まれた閉鎖的な地方都市、椿ヶ丘学園高校の旧校舎本館で殺人事件は起きます。
殺されたのは1年生の渋谷唯香。
それは16年前、鈴子という女学生が同じくこの椿ヶ丘で 殺された猟奇事件と酷似していました。
殺害現場で顔を揃えたのは被害者と同じサークルだった生徒4人と顧問教師の計5人。
誰が「彼女」と「彼女」を殺したのか……?
物語は、唯香が殺されたところから過去を遡るように始まります。

唯香は生前、自分だけのヴンダーカンマーを作りたいと話していました。
ヴンダーカンマーとは、近世に流行した怪奇珍品の陳列室のこと。
唯香は、自ら立ち上げた同好会に特定の人物を勧誘(蒐集)し、自分だけのヴンダーカンマーを作り上げていたのです。

一人目は、猟奇殺人事件の遺児、北山耕平。
二人目は、町一番の名家の御曹司、東陸一。
三人目は、人望厚い生徒会長、南条拓也。
四人目は、学園一の美少女、西山緋音。
そして自身の母であり教師の渋谷美香子を顧問に。

果たして、その真意と目的は何なのか。

気になる第1章をこちらで全文公開していますので、まずはここからCHECK!

第1回最恐小説大賞受賞の問題作、鬼子のイヤミス『ヴンダーカンマー』を試し読み!

星月渉さんインタビュー

作者の星月渉さんにこの作品への想い、執筆裏話などを伺いました。

――「ヴンダーカンマ―」の舞台は、星月さんのご出身地、岡山県津山市がモデルとなっているそうですね? 

星月:そうですね。津山市をモデルにしました。今まで津山市をモデルにしたものを書いたことはなかったのですが、思いのほか書きやすかったので自分でもびっくりしました。書き上げていくうちに、私が想像しているよりもこれくらいのスケールの町は全国に沢山あって、意外と多くのかたに共感していただけるかもしれないとも思いました。

――「ヴンダーカンマー」を書こうと思った切っ掛けを教えてください。とてもショッキングな内容ですが、ストーリーはどんなふうに湧き上がってきたのでしょうか。

星月:最初のきっかけは仲のいいエブリスタ(小説投稿サイト)の人気作家さんに「渉さん、ご当地小説書きなよ」と言われたことです。彼女はきっといわゆるご当地キャラミスを書いてみたら? と提案してくれたのですが、何が書けるかと色々と考えていくうちに、ふと、津山市にある「つやま自然のふしぎ館」がポーンと頭に浮かんだんです。

――津山城跡入り口にある自然史の総合博物館ですね。世界各地の動物のはく製から、化石、鉱石類、貝類、昆虫類、人体標本類まで、約20,000点が常設展示されているとか。

星月:津山でおすすめのスポットを尋ねられたら私ならここだと即答するんですが、それも私が地元を離れているからかもしれないなとも思います。それくらい、学校の行事でよく行く身近なスポットだったんです。意外と地元の人はあそこの凄さに気づききれてないような気もしています。東京出身の友人があそこを訪れた時「いったいなんなのここは!」と大変驚いていました。彼女はよく博物館とか美術館とか行く人だったので、そういう人でも驚く要素があるのだなと嬉しくなったものです。

――地元では身近すぎて当たり前に感じられているかもしれませんが、実は凄いスポットなんですね! まさにヴンダーカンマーそのもののような。

星月:はい。そこでこの、つやま自然のふしぎ館について考えているうちに、1章が浮かんで、あれ? 全然キャラミスじゃないけど、この話はなかなか手ごたえがあるから書きたいなと思いました。そして、1章が浮かんだまでは良かったのですが、結末をどうするかがなかなか思い浮かばなかったんです。私は結末さえ浮かべば後は穴を埋めていく感覚でストーリーが書けるので結末をどうするかが思い浮かぶまでが大変でした。

――なるほど。物語を書いていくうちに、登場人物を動かしていくうちに結末が見えてきた、降りてきたという執筆スタイルの作品もありますが、「ヴンダーカンマー」の場合は、1章の構想から時間をかけて結末のヴィジョンを掴んだところで構築していったわけですね。緻密な構成と伏線の見事の張り方もそれで納得です。

星月:はい、それでも第1稿が完成してからまた改稿を重ねました。大変でしたが、丁寧に磨いた作業になったと思います。より伝わりやすくなったとも思いますし、いい表現もかなり足すことができたと思うので担当編集者さんに大変感謝しています。

――そう言えば、最初にエブリスタさんで発表された時は、書籍版の各章の冒頭にある文学作品からの引用文は全部にはなかったですよね? あの引用文が実に意味深というか、その章のストーリーを暗示する重要なファクターになっていて、絶妙なセレクトだと思いました。

星月:そうなんです。エブリスタでは引用は3人(3章分)にしかつけなかったのですが、全員(全章)につけることにしました。冒頭の詩は担当さんの提案で何かをワンクッションと入れることになったのですが、何も思い浮かばなかったらどうしようとメールを見た瞬間おろおろしました。私は時々詩も書きますし自分で思いついた、いい比喩は書き留めておくんです。ですがこの二つはどちらも小説を書く作業とは違っていて、アイディアが降ってくる感じ。つまり何も思い浮かばない、あるいは納得がいかないものになることもあるので、どうしようと。運のよいことに思い浮かんだので、仕事中、手帳に書きなぐりました。

――冒頭の詩にそんな秘話が(笑)もうこれしかないというぐらいぴったりの詩だったので、最初から決め打ちで堂々とお書きになったのだとばかり思っていました。エブリスタ版と完成版の書籍と比べて読んでいただくのも面白いですね!

星月:はい。そこから沢山推敲を重ねましたのでぜひ読み返していただきたいですね。

――内容について、少し突っ込んでお聞きします。主要登場人物の一人、たっくんこと南条拓也の母しいちゃんは知的障碍を抱えています。他にも、ありとあらゆるタブー要素が詰め込まれていますが、こうした要素を作品に入れ込むのはある意味、勇気がいることだと思います。あえてそこに踏み込んだ理由は? 

星月:踏み込んだ理由と言われると難しいのですが、書きたかったからとしか言いようがないんです。私は現在の貧困問題、特にシングルマザーの貧困の問題や、DVや子どもの虐待、性的搾取の問題にいつも注目していて、怒りに震えることが多い。私のそういう怒りや私の中に堆積していた情報から出てきたのがたっくんとしいちゃん、その他の登場人物だと思うんです。

――確かに。連日のように子どもが犠牲になる事件が報道され、やるせなさと怒りをどこに持っていけばいいのかと思ってしまいます。

星月:あと、ネットでよく使われがちな「自己責任」という言葉が大嫌い。今の時代誰だって簡単に不幸になるかもしれなくて、そこに投げつける言葉が「自己責任」だなんてあんまりだなって。弱者であることが「自己責任」だなんてあんまりですよ。今「自己責任」なんて言える人にはこのお話は届かないかもしれないけれど、たっくんとしいちゃんが、郷土資料研究会のメンバーがどうすれば幸せになれたか読んだ人に考えて欲しいという気持ちが強いです。私は今も考えています。そして、正確な答えは見つかっていません。

――誰もが弱者になりうるし、不幸に突き落とされる可能性があるんですよね。一見、特殊な設定で、世間一般の普通という枠からはみ出た登場人物たちに思えますが、不思議とどの人物にも感情移入できてしまうし、心情が理解できる。だからこそ苦しくなりました。星月さんの中で、とくに思い入れの強い登場人物はいますか?

星月:西山緋音です。私は中学1年生の時に割と深刻ないじめに遭いまして、いじめっ子にされて一番屈辱的だったことが、胸を掴まれたことでした。まあ、私は緋音ちゃんみたいな美少女ではなかったし、緋音ちゃんと違って私は女子に掴まれたのですが、その直後にそのいじめっ子は「大きい。ねえ、触ってみたいと思う?」と他の男子に聞いていました。「こいつのなんか」ってその場にいた男子に言われました。この世から消えてなくなりたいくらい惨めだったのを今も覚えています。高校は絶対この人たちのいない所に行きたいと思って、がんばって行きたくない学校に行き勉強をしました。幸い私の家族はそれを応援してくれましたが、そうではなかった場合の地獄を緋音で描いたと思います。掴んだのを女子ではなく男子にしたのは性的嫌がらせや性的虐待は大人から子どもへだけでなく子どもから子どもへもあることを強調したかったからです。

――ご自身の体験をもとに、人生の分岐点でさらに悪いほうへ行ってしまったらという仮定で彼女の人生が生まれたわけですね。とても恐ろしく、強いメッセージ性を感じました。西山緋音だけでなく、登場人物それぞれのドラマに現代社会の抱える闇がありますが、この小説で一番星月さんが描きたかったこと、伝えたかったことは何でしょうか?
 
星月:親子。親子というものは圧倒的に子どもの方が不利な関係だなと思います。それでも子どもというのはどんな親でも愛そうとするし、愛されたいと思う。或いは愛されていると思い込もうとします。そして、家庭の中というものは意外と何が正しくて何が間違っているか分かりにくい、見えにくい部分があるのではないかと思います。確かにこのお話はかなり衝撃的な内容もあるので、こんな体験をした人は滅多にいないでしょうけれど、感情移入や登場人物の心理に納得はできるのではないかなと考えています。

――経験はしていなくても、共感はできる?

星月:誰にでも、家の中で見聞きした常識だと思っていたことの中に思い返せば「あれはおかしかったんでは?」と思うことが少なからずあるのではないかと思うんです。それについて考えてみて欲しいなと思いますし、後は子どもの愛を利用していないか? という問いかけのような部分もありますね。そして母性に対する疑問も抱いていただけたらなと思います。いつも責任を負わされるのは母性だけどそれってどうなの? と。とても頼りないものに責任を押し付けていることに気づいて欲しくもあります。

――私も子を持つ親なので、その言葉は刺さりますね。でも確かに、大人になって自分の母親も一人の人間だったんだなと気付きました。子どもの頃は盲目的に受け入れていたことに、綻びが生じるというか。

星月:そうですね。でも、そういう親子や母性に対しての問い掛けもありますが、まあ、結局のところ読んで何か感じてくれたなら、なんでもいいんです。読書は自由なので。私の本の読み方も変わっていると思います。それは引用のチョイスでも伝わる人には伝わるとも思います(笑)小学生の時に「赤毛のアン」を読んで、ああ、地元を出たかったら勉強を頑張って、奨学金を貰って進学すればいいんだと思いましたが、恐らくモンゴメリはそんなことを特に伝えたいとは思っていなかったろうなと思います。読書にはそういう可能性があるのがとても面白いといつも感じています。

――最後に、最恐小説大賞に輝きましたが、星月さんの考える恐怖、「最恐=もっとも怖いもの」は何でしょう。

星月:あとがきにも書きましたが、私はなすすべもなくわが子が死ぬ、或いは殺されることです。ですがもう1つ怖いことは、恐怖に慣れてしまうことです。お話の中で2度死体の解体に手を染める夫妻が出てきますが、きっと2度目の時は1度目とは違う気持ちだったと思うんです。そして私、『ウォーキングデッド』が大好きなんですが、最初に見た時は怖くて仕方なかったんです。けれど、3話目くらいからゾンビにも襲撃にも血しぶきにも、こぼれでる内臓にも慣れてしまった自分に気づいてゾッとしました。
 戦争などの回想録や体験記などを読んでいると、人はどんなことにも慣れてしまうのではないのかなという疑問が浮かびます。それは、きっと心を守るための仕組みのようなものではないかと思うんです。それも「人間らしさ」だとしたらいったい何をもって「人間らしさ」と言うべきか私は自分に問いかけます。残酷なことはするほうもされるほうも慣れてしまうということが私はとても怖いです。

――「人間らしさ」を失うこともまた、人間であるがゆえ。
そう考えると、ヴンダーカンマーには誰よりも人間臭い、人間らしい人間たちが集まっているのかもしれませんね。
星月渉さん、ありがとうございました。

いかがでしたか?
イヤミスとホラーが混ざり合う「ヴンダーカンマー」の世界、指の隙間から奈落を覗いてみてください。
おぞましいのに、なぜか目を閉じることができない。
震えながら悪の沼に浸かる魔の愉悦がそこに待っています。

星月渉(ほしづき・わたる)

岡山県津山市出身。兵庫県姫路市在住。小説投稿サイト「エブリスタ」で小説を書く。2017年『三毛猫カフェトリコロール』(三交社スカイハイ文庫)でデビュー。本作『ヴンダーカンマー』で竹書房最恐小説大賞を受賞。音楽とチョコレートとお酒が好き。ほとんどザルだがなぜかマティーニが飲めない不思議な体質の持ち主。

ヴンダーカンマー

星月渉/著  (装画:ねこ助)

四六並製・264ページ

定価:本体1500円+税

発行:竹書房

エブリスタ×竹書房が募った恐怖の頂点、第1回最恐小説大賞長編受賞作。
エグさの限りを詰め込んで、なお透明。正負善悪すべてを振り切った鬼子のイヤミス!

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