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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第9回 ~いつも空いている席~

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俺は一人で飲みに行く際にはバーやスナックなど安い店にしか立ち寄らない。

勿論、バーやスナックの雰囲気が好きというのもあるのだが、俺にはどうしてもクラブやラウンジといった高級店には魅力を感じられないのである。

気の張った店でうわべだけの世間話をしても虚しいと言うか、時間の無駄に思えてしまうのだ。

しかし、仕事関係のお付き合いとなればそうもいかない。

やはりクラブやラウンジ、わかりやすい高級店を選ばざるを得ない時もある。

そんなわけで、こんな俺にも一応ボトルキープをしてあるクラブは存在する。

仕事関係のお偉いさんを連れて行ってボトルも入っていないようでは、格好がつかないからだ。

それともう一つ。

俺がクラブやラウンジを好まない理由がある。

それは暗黙のドレスコード。

確かに、入店を拒否されることは無いが、それでもジーンズやラフな格好で行くと、店のスタッフや他の客から白い目で見られているような気がする。そしてそれはけして気のせいではない。

好きな酒は気軽な服装でリラックスして飲みたい――。

常にそう思っている俺からすれば、明らかにクラブやラウンジは場違いな店ということになる。

ただ、以前一度だけとても興味深い体験をした事がある。

それは、かなり高級なラウンジでの出来事だった。

その時も俺は、仕事関係の社長さんに連れられてそのラウンジを訪れた。

店内はかなり高級そうな造りで、一目で高額な料金を支払わなければならない店だと理解できた。

にもかかわらず、店は沢山の客で溢れかえっている。

俺たちは豪華なボックス席に案内され、すぐに接客の女性が一人付いた。

きっと、その社長さんにとっては楽しい店なのだろう。

しかし、どれだけ飲んでも俺にその魅力がわかるはずもなく、ただ愛想笑いを繰り返すだけの退屈な時間が流れていく。

そんな時、俺の興味をそそる光景が映った。

それはポツンとひとつだけ空いたままのボックス席。

決して座る客がいないわけではなかった。

店内はほぼ満席状態で、新しい客がやって来ても入れずに、渋々帰っていく姿を何度も目にしていた。

不思議なのは、店内に入れずに帰らされる客の誰一人として、あのボックス席の存在を指摘しないことだった。

普通なら、“あの席が空いてるじゃないか!”と文句の一つも言うと思うのだが、誰もそのことには触れようとはしなかった。

確かに「予約席」ということも考えられた。

しかし、その店に入ってから既に3時間近くが経とうとしていたが、それらしい客が来る気配はなかった。

気配が無い――。

というのは、その席がまるで開かずの間のような扱いを受けていたから。

テーブルの上はからっぽ、ソファーにもカバーが掛けられたまま。

……そうなると、また俺の悪い癖が出てきてしまった。

俺は、接客して水割りを作っている女の子にそれとなくこう聞いてみた。

「あのテーブル席って使われていないみたいだけど何か理由でもあるの?」と。

すると、女の子の顔が急に曇った。まるで禁忌に触れたかのように。

「私も……よくわからないんです。

それにママからもそのことに関しては絶対に話しちゃダメって言われてるので……」

何ともはっきりしない答えである。

だから俺は単刀直入にこう尋ねた。

「つまり、あのボックス席は“曰くつき”の席ってこと?」

すると、その女の子は、困った顔をして、

「すみません……ちょっとだけ席外しますね……」

そう言って、そのまま席には戻って来なかった。

代わりに俺達の席に付いたのがその店のママさんだ。

俺が空いているボックス席のことを不審がっているのを知って牽制に来たのは明らかだったが、さすがにその店を任されているママさんだけあって、その接客は見事なものだった。内心はどうか知らないが、特に焦っている様子も見せない。

これはもう完敗である。俺もそれ以上追及するのは諦めた。

ところが、意外な事にママさんのほうからその話題を振ってきた。

「お客様はきっとそういうものが視える方なんでしょうね」

「えっ」

「あのボックス席を見て……何か視えますか?」

そう言われて、俺は首を横に振ってこう返した。

「いや、特に何も視えたり感じたりするわけじゃないんですよ。

ただ、気になっただけですから……」と。

すると、ママさんはニッコリと笑って、

「そうですか? それを聞いて安心しました。

この店ではあのボックス席の話題は禁忌になっています。

変な噂が立つのが怖いからじゃありません。

お客様にご迷惑が掛からないように……と、そういう理由からなんです。

過去に何があったのかはお話しできませんが、今でもあの席には昔このお店で働いていた女の子が座っているんです。

そして、昔からの常連客の方にはその姿がはっきりと視えています。

勿論、私や従業員にも。

もし……お客様の目にもその姿が視えるようになったとしたら、きっとお客様自身が怖い思いをされます。

あの子にすれば同伴したり、アフターしたりしているつもりなのかもしれませんが……」

あの姿ではねぇ。

そう言って、件のボックス席の方を見てため息をついた。

そして、最後にこう付け加える。

「片町に在るクラブやラウンジ、キャバレーなんかで、曰くつきの何かを抱えていない店なんて、きっと一軒も存在しません」

なんせ昔からの歓楽街ですから。

この片町は……と。

それからしばらく飲んで、店を出た。

少し首を突っ込みすぎたことを反省しながら、ふと、例のボックス席を視てしまった俺は息を止めた。

……いる。

肉の崩れた血まみれの顔でこちらを見て笑う女性らしきモノが……確かに……。

……俺にも視えてしまった。

(こんな姿が視えているというのに、他の常連客たちは平気でこの店に飲みに来ているのか?)

そう思うと、さすがの俺も気持ち悪くなった。

それからあの店には一度も行っていない。

だが、俺は確信している。

今でもあのボックス席は空いたままで、賑やかな店の中に異世界を作り続けているに違いない、と。

著者プロフィール

著者:営業のK
出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話!

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は7/24(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!


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