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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第13回 ~逆さまの世界~

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金沢市の歓楽街、片町。
そのど真ん中に、「新天地」という古い造りの店が立ち並んでいる一角が在る。
そして、そこよりも更に奥へと進むと、「味食街」というとても魅力的な場所が在った。

“在った”と書いたのは、今でも「味食街」という場所は在るには在るのだが、金沢市の管理の元、すっかり観光地化されてしまい、以前の「味食街」とは似ても似つかぬものになってしまっているからだ。

当時の味食街は、それこそ古いというレベルを通り越し、申し訳ないが汚いという表現がぴったりの店ばかりが、長屋のような状態で営業していた。
「店」というよりも、「動かない屋台」と言った方がしっくりくるかもしれない。それくらい狭かったのだ。
トイレも共同、視界には頻繁にゴキブリが映り込んでくる。
大抵の人は、「そんな所で飲食など出来ない!」と言うだろう。
最初は俺もそう思ったし、嫌悪感しか感じなかったものだ。
しかし人間の感覚とはいい加減なもので、いざ通い始めると、さして気にならなくなる……むしろ居心地がいいとすら思う。それが自分でも不思議だった。
とにかく、そんな店ばかりが並んでいるのがかつての「味食街」だったというわけだ。

実は、俺が片町を訪れるようになった頃、最初にお客さんに連れてきてもらったのが、この「味食街」だった。
お店の名前は出さないが、おかみさん一人で切り盛りしている店で、実に味食街らしい……つまり「狭く」「汚く」「古い」店だった。
当然、観光客が近寄ろうはずもなく、飲んでいるのは地元の酔っぱらいばかり。
おまけに若い客など一人もいない。
当時、社会人3年目だった俺は、まだまだ若い女の子の居る店で飲みたい年頃だった。
だから、最初に連れてこられた時は正直がっかりして、怒りさえ覚えた。期待外れも甚だしいと思ったのだ。

しかし、何故かそれからも俺は、一人で足繁くその店に通うようになる。
理由は簡単、とにかく何を食べても安いのだ。
夕方から飲み始めて、閉店の午前1時頃まで居座っても、会計の際に提示される金額は二千円でお釣りがくるほど。べらぼうに安かった。
そして、もう一つ。
俺が通い詰める決定打となった出来事があった。
それはある日、俺が一人で夕方から飲んでいる時のことだった。

「あら……お久しぶり!」
おかみさんのちょっと驚いたような声に目を向ければ、これまで店で見かけたことのない、年配の男性客が二人、連れ立って入ってきた。
「いや~、最近忙しくって……。でも、やっぱり良いね。この店は」
二人は狭苦しいカウンターに腰を下ろすと、嬉しそうに頷きあっている。
きっと古くからの常連なんだろうと思い、俺はあえて話に入らないように手元の酒を舐めていた。すると――
「あっ、こちらさんは、最近の常連さんかな? どうも、はじめまして……宜しくお願い致します」
と、向こうから俺に話しかけてきたのだ。
彼らから見たら明らかに年下の若造だろうに、妙に低姿勢で接してくる。
俺は少しいい気になってしまい、初対面の二人に、かなり生意気なことを語ってしまった。

だから年寄りは駄目なんですよ、とか。
これからの日本の会社は、こう変わらないと!……等々、駆け出しの社会人が偉そうに一席ぶったのである。

今思い出すと本当に、穴があったら入りたい気持ちになる。
だがその年配客は、俺の戯言をバカにせず聞いてくれた。

「確かにそうかもしれないね」
「勉強になります!」

と、あくまで低姿勢を貫き通して相槌を打ってくれるものだから、俺も更に調子に乗って好き勝手なことを言っていった。

自分は将来、絶対に社長になれるはず、とか。
俺が社長になったら、こんな会社にするんだ、とか。

厚顔無恥とは、まさにその時の俺そのものだった。
その店には、そんな年配の常連客が他にもいて、いつも低姿勢で、穏やかに接してくれるものだから気分がいいに決まっている。
いつしか、その店に行くのが週末の楽しみになっていた。
昼間の俺は、会社の上司に怒られてばかりの生活で、実のところ行き詰っていた。それがあの店では逆転できる……。居心地がいいのを通り越して、ある意味俺は救われていたのだと思う。あの、不思議な交流に……。

そんな週末がどれだけ続いただろうか。
ある時、その店の常連客が、久しぶりに顔を出した。
年齢は50代半ば、それなりに大きな会社の部長さんだった。
俺はその店で彼と知り合い、これまでも色々と仕事の相談をさせて貰ったことがあった。
だから、久しぶりに見た顔に、自然と腰が浮いていた。

「あっ、お久しぶりです」

立ち上がって挨拶すると、彼は俺に手を上げて応えてから、おかみさんに顔を寄せてこう言った。

「ね、最近、社長さん達がまた来てるって話を聞いたんだけど?」

すると、おかみさんは俺の方を見て、

「Kちゃんのお弟子さんだもんね~?」

と俺の顔を見て、笑いながらそう言った。

(俺の弟子? 誰だそいつ……)

俺が頭に疑問符を浮かべていると、お店の引き戸が開いて、いつもの年配の男性が連なって入ってくる。
そして、それを見たさっきの部長さんは、弾かれたように席を立った。

「あっ、ご無沙汰しております!」

馬鹿な俺はそれでも気付かず、それからの店の中は、年配男性たちに媚びへつらうその常連部長と、相変わらずの生意気節を繰り出す俺、というとても不思議な空間になってしまった。
そして、楽しい数時間が経過した頃、俺以外のお客が一斉に帰って行った。

「それじゃね~。おやすみ~」

と挨拶する俺に、おかみさんが苦笑気味に言った。

「これは絶対に言うなって言われてたんだけどね。
ここに座ってたのが○○の社長さん、そしてその隣が○○○の社長さん、
そして、更に隣が○○○○○の会長さん」

え……?

途端に酔いも醒め、頭が真っ白になった。
そこで出てきた会社名は、俺レベルの田舎者にでも分かる程の大きな会社であり、仕事で訪問したとしても、門前払いされるような一部上場会社ばかりだった。

そして、おかみさんが続ける。

「なんか、Kちゃんと飲むのが楽しいみたいでね。
身分を知って態度が変わったら、それは悲しいことだから、絶対にKちゃんには言うなって言われてたんだけどね……でも、ほら、あともう二人」

「あっ、じゃ、残り二人の人も、社長さんなの?」

まだ紹介されていない二人を思い出し、食い気味に聞くと、おかみさんは笑った。

「やっばり……。Kちゃん、視えてたんだ」
「え……」
「そうよ。あの二人も元社長さんだよ」

何やら含みのある言い方に「……元って?」と聞くと、おかみさんは俺の目をじっと見つめてから、少し寂しそうにつぶやいた。

「だって、死んじゃってるからね……もう随分前に」

絶句する俺に、おかみさんは微笑みながらこう続けた。

「生きている人と死んでしまった人が一緒に飲んでるって不思議でしょ?
でも、そういう事もあるから、人生って不思議で楽しいのよ。
この飲み屋街では、そんな事が昔から普通に起こるの。
だからKちゃんも、あの人達が死んでしまっていることも、生きてる人たちが社長さんだってことも知らないフリでお願いね!」

ぽかんとしたまま、かろうじて俺は頷き返したと思う。

だが、その時のショックはかなりのものだった。
あの優しい人たちが、既に死んでしまっているという悲しさと驚き。
そして、どうして自分なんかに優しく接してくれたのかという不思議な想い……。
でも、何故か、とても温かい気持ちになれたのは言うまでも無い。

それからしばらくして、俺は味食街に出る事が無くなってしまった。
それは、その飲み屋街が雑誌などに取り上げられ、観光客で賑わようようになってしまったからなのだが……。
ただ、それからかなりの年月が経った今、もう一度あの社長さんたちと、一緒に飲んでみたいと思ってやまないのだ。
あの店はもう無くなってしまったが、それでも、あの近辺の店を回ってみたら……。
もしかしたら……。
また、あの社長さん達とバッタリ出会いそうな気がしてならないのだ。
もっとも、あの方たちが、死んでしまっているとはいえ、皆が大社長たちなのだと知ってしまった今では、あんな態度で自然に接する自信は無いのだが……。

ただ、そんな経験がある俺にはこう思えるのだ。
お酒が好きで飲み歩き、その後に亡くなられた方というのは、もしかすると案外すぐそばで、今も元気に生前のお気に入りスポットに顔をだしているのかもしれない。

生前の楽しさが忘れられなくて。

だからきっと……今夜も、同じ笑顔でグラスを傾けているに違いない―――と。



著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は9/18(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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