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◆スペシャルコラボ企画◆幽木武彦の算命学で怪を斬る!第1回 島村みつ(『羅刹ノ国 北九州怪談行』より)前編

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算命学で怪談を読み解くスペシャル企画

算命学とは、古代中国で生まれ、王家秘伝の軍略として伝承されてきた占術。恐ろしいほどの的中率をもつその占いは、生年月日から導く命式で霊感の有無、時には寿命までわかってしまうのだとか。

本企画は、算命学の占い師・幽木武彦先生が怪談文庫の中に登場するキーパーソンを占い、怪現象を宿命という観点から読み解きます。

果たして、その怪は必然だったのか?

第1回は『羅刹ノ国 北九州怪談行』(菱井十拳・著)に登場する島村みつを前後編にて取り上げます。

消えた救世主・島村みつの宿命と運勢【前編】

 明治の末期に忽然と登場し、千里眼ブームの立役者となった御船千鶴子(大ヒットホラー『リング』に登場する、貞子の母親のモデルにもなった霊能者)。

 突如神がかり、「踊る宗教」で一世を風靡した山口の農婦・北村サヨ。

 天理教の中山みき。大本教の出口なお。
 当時の大横綱も信者だったと言われる、璽宇教の長岡良子――。

 仕事柄、あるいは個人的にも、ほの暗い歴史の闇にその名を残す異能の人々に対する興味はつきない。
 だがこの人物のことは、竹書房怪談文庫『羅殺ノ国 北九州怪談行』(菱井十拳著)ではじめて知った。

 島村みつ、享年71歳。

 明治時代に勃興した、九州は小倉発の法華神道系新宗教・蓮門教の女性教祖である。

 同書によれば、みつが歴史の表舞台に登場してきたのは明治時代初期。山口県の農家の出で、その前半生は資料がとぼしく、分からないことが多いという。

 だが、40代のなかごろ。
 師と仰いだ男性祈祷師・柳田市兵衛の跡を継ぐかたちで祈祷師になり、神仏混淆の教義で信者を拡大。
 最盛期には、なんと100万もの信者(教団発表)を獲得したそうである。

 ちなみに、当時話題を集めたのは、男女共同でおこなわれたという「お籠もり」や(なにやらエロチックな匂いを感じるが、当時もやはり、風俗的なところで問題視された)、爆発的に流行していた「コレラ」に霊験ありとされ、人気を呼んだ「御神水」治療など(『羅殺ノ国 北九州怪談行』には「全く、水ってぇ奴は、いつの時代も」という登場人物のセリフがある。まったく同感)。

 どれも熱狂的な支持を集め、蓮門教信者の拡大に寄与したという。

 怪談集『羅殺ノ国 北九州怪談行』では、この島村みつという歴史の闇に消えた女性教祖が、全編をつらぬく太い柱になっているのだが――。

「島村みつという人が『占い師の怖い話』シリーズの幽木さんのフィルターを通じて見るとどんな人間だったのか、とても興味があるんですよ」

 というのが、怪談文庫編集部Oさんから持ちかけられた話だった。

 なるほど。
 おもしろそうではないか。

 正直、血がさわいだ。

 どこまでできるかはやってみないと分からない。でも、とにかくやってみましょうと返事をした。

 そして、企画は動きはじめた。

 ということで、そろそろはじめよう。

 以下の記述は、蓮門教と島村みつについてくわしい『蓮門教衰亡史』(奧武則著)も参考にしたが、基本的には菱井十拳氏の怪談『羅殺ノ国 北九州怪談行』の記述をもとに進めている。

 できることなら同書をお読みいただいてからのほうが、より楽しめる記事であることは間違いないだろう。

 だがもちろん、読んでいないかたでもそれなりに楽しめるようにしたいと思っている。

 ちなみに私――幽木武彦が使うのは、算命学という占いだ。
 王家秘伝の軍略として、歴史の闇の中でひそかに伝承されてきたものが基本になった、的中率の高い奇妙な占術。
 占い師が最後にたどりつく占い――そんな風にも形容されている。

 ではいよいよ、開幕といこう。
 闇の中の異人と、闇の中の占術の一本勝負である。

教祖誕生

 島村みつは1831年3月18日、山口県豊浦郡に生まれた。

 1831年といえば、天保2年。
 まだ江戸時代である。

 そんな時代に地方の農家で生まれた女性の生年月日がどこまで正確かは、正直言って心もとない。
 だが、少なくとも残されている資料的には間違いがないようなので、この生年月日を信じて占ってみる。

 なお、1831年3月18日は旧暦での記述。新暦に直すと1831年4月30日となる。

◎島村みつ(1831年4月30日生まれ。享年74歳)

 日  月  年

 辛  壬  辛
 未  辰  卯
 ———————
 丁  乙
 乙  癸
 己  戊  乙

※戌亥天中殺

 これが、みつの命式。

 生年月日を十干と十二支に直したもので、右から年干支(辛卯)、月干支(壬辰)、日干支(辛未)。

 年干支、月干支、日干支にはそれぞれ意味があり、

・年干支 親(父と母)
・月干支 子供・友人・社会、家系
・日干支 自分(あるいは自分と伴侶)

 となっている。

 さて、どこかに異常干支はないかなと、私は思った。

 異常干支とは、全60干支中13個しか存在しない特別な干支。

 所有者は霊感などの能力を持つことがある(異常干支とそれにかかわる怪異の数々については、拙著『占い師の怖い話』シリーズで紹介しているので、興味のあるかたはぜひ)。

 だが、みつの命式に異常干支はなかった。

 命式的な特徴としてまずあげられるのは、「生日中殺」の宿命であるということだ。

①生日中殺

「生日中殺」の説明は、ちょっと難しい。

 みつが自分自身から見た天中殺は上にも書いたとおり「辰巳天中殺」なのだが(自分自身である「日干支」から判断できる)、じつは天中殺には「親から見た天中殺」というものもある(年干支から判断)。

 するとみつの場合は「午未天中殺」になるのだが、そうなると――

  日  月  年

  辛  壬  辛
★未  辰  卯
 ———————
 丁  乙
 乙  癸
 己  戊  乙

 説明したとおり、年干支、月干支、日干支にはそれぞれ意味があり、いちばん左の日干支は、しつこいようだが「自分自身(あるいは自分と伴侶)」を示している。

 その日干支に中殺の十二支「未」が入っているということは――

(親視点では)自分が中殺されていることになる。

 だとしたら、どういう現象が起こりやすいか。

 たとえばこうである。

・親から見たら異質な「わけの分からない子(変わった子)」になりやすい

・親の思いどおりの生き方はしないし、むしろそのほうが運勢が伸びる

・配偶者ともなかなか理解しあえない

 などなど。

 おそらくみつは親から見ると、幼いころからからとても変わったところのある女性だったはずである。

 またみつは結婚もしているが、夫(島村音吉という)との仲も、いろいろと難しい関係だったのではないだろうか。

 そんな推測が可能である。

②大半会

 もうひとつ。みつの命式では、

★辛  壬 ★辛
★未  辰 ★卯

 年干支「辛卯」と日干支「辛未」が「大半会」という状態を発生させている。

 そして命式内の「大半会」は――

・人間としての器が大きくなる

・世界を相手にしたような生き方ができる

・生地や生家にこだわらないほうがよい

 といった性格的特徴になることが考えられる。

 山口の田舎。
 しかも、決して裕福ではなかったらしき農家に次女として生まれた女性が新宗教の教祖にまでのぼりつめたのは、こんな宿命も関係していたのかも知れない。

 では、そんなみつにとって、その人生とはいったいどのようなものだったのか。

 記録に残されている歴史的な事実と、算命学が暗示する運勢にはたして符合はあるだろうか。

 今度はそれを見てみよう。




神の宣託は宿命か?

●1871年(明治4年)

 まず注目したいのは、1871年という年。
 教団「蓮門教」設立前夜的な時代である。

『羅殺ノ国 北九州怪談行』によれば、このころみつ(40歳)は「神の託宣」を受けたと称するようになったという。

 また大病をわずらったものの、元小倉藩士・柳田市兵衛(法華神道系の祈祷師。独自の教義を考案した)の祈祷を受けたことで全快し、これを機に市兵衛に師事することになる、まさに運命の出逢いの年だった。

年運 大運   日  月  年

★辛  丙  ★辛  壬  辛
★未  申  ★未  辰  卯
        ———————-
        丁  乙
        乙  癸
        己  戊  乙

 この年(1871年)めぐってきていた年運干支は「辛未」(ひらたく言うなら「未年」)。つまり奇遇にも、みつの日干支(自分自身)と同じである。

 辛未 - 辛未

 こういう現象は「律音(りっちん)」と呼ばれる。

 そして律音が発生したときには――

・人生の再出発
・リセット
・やり直し

 といった大きな動きが人生に起こりやすい。

 またこの年、年運干支の「辛未」とみつの年干支「辛卯」は「大半会」にもなっており、対社会面での運勢(年干支は「対社会」として見ることもある)も、とても前進力にあふれた力強い運気になることが示されていた。

年運 大運   日  月  年

★辛  丙   辛  壬 ★辛
★未  申   未  辰 ★卯
        ———————-
        丁  乙
        乙  癸
        己  戊  乙

 こうして見ると、蓮門教誕生前夜となる重要な一年のみつの運勢は、奇妙にも算命学の見立てにかなっている。
 ことここに至って、私はようやく「みつは旧暦1831年3月18日(新暦1831年4月30日)生まれ」でまちがいないかも知れないと、ようやく確信が持てたのであった。
 そしてここから、島村みつの激動の人生は、大きなうねりを見せながら悲劇的なラストへと向かっていくのである。

~後編へつづく~

〈参考文献〉
・羅殺ノ国 北九州怪談行/菱井十拳
・蓮門教衰亡史/奧武則

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著者プロフィール

幽木武彦 Takehiko Yuuki

占術家、怪異蒐集家。算命学、九星気学などを使い、広大なネットのあちこちに占い師として出没。朝から夜中まで占い漬けになりつつ、お客様など、怖い話と縁が深そうな語り部を発掘しては奇妙な怪談に耳を傾ける日々を送る。トラウマ的な恐怖体験は23歳の冬。ある朝起きたら難病患者になっており、24時間で全身が麻痺して絶命しそうになったこと。退院までに、怖い病院で一年半を費やすホラーな青春を送る。中の人、結城武彦が運営しているのは「結城武彦/幽木武彦公式サイト」。

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