新黄泉がたり黄泉つぎ

「猫の怪談」加藤一

「猫の怪談何かないですか?」
と訊ねると、高い確率でこう言われます。
「猫がキシャーってする話ならありますよ」
 猫がキシャーってする話。これは、猫好きが猫の素晴らしさを讃える怪談としては、非常に多く聞かされるテンプレのひとつではないかと思います。
「ほうほう、詳しく」
 そう訊ねた後に続くのは、大抵はそこの家の猫の自慢話です。
「うちの子がね、自分には何も見えない何かに向かって唸り声(威嚇音)を出してね、何かを追い払ってくれたんだよね! 我が家の猫は絶対に霊感があるね!」
 こういう話の九割は、如何に我が家の猫が可愛いか、そして賢いか、なおかつ自分の愛に応えてくれて義理深く飼い主の危機を未然に防いでくれたか、が延々と語られます。
 ……分かります。うちにも猫いるし、猫好きは大体それを「我が家の猫は、だから凄いのである」に結びつけたくなるものです。
と言うわけで、せっかくなのでキシャーしない猫話を幾つか。

   *

 新谷尾さんの家で、台所をリフォームしたときの話。
 台所は数日がかりの工事で新品同様に生まれ変わりました。工事を請け負った匠(大工さん)は、「困ったことがあったらいつでも言って下さい」と気さくに挨拶して帰っていきました。
 その晩のこと。
 新しくなった台所で新谷尾さんとお母様が夜のお茶など楽しんでいると、妹さんがやってきました。顔色がまっ青です。
「オマエ、どうしたんその顔色」
「お姉ちゃん、今凄いのいたよ」
 室内に、白いカッターシャツを着た男がいた、と言います。
「そいつ、すーって滑って壁の中に消えたんよ」
 そう言って、新しくなったばかりの台所の壁を指差しました。
 新谷尾さん母子は顔を見合わせました。
 台所リフォームの匠が憑れてきたのかもしれません。
 と、そこに新谷尾家の猫がやってきました。
 新谷尾家の猫は、所謂「キシャー猫」です。以前にも、怪しい気配に向けて「キシャー!」と威嚇音を発して、その気配を追い払った功績がある頼れる猫です。
 その猫が壁の前にぺたんと尻を下ろしました。
 カッターシャツの男が消えた壁に向きあうと、猫は「にゃあん」と一声鳴きました。
 威嚇ではなく、どちらかというと甘えるような宥めるような諭すような語り掛けるような、そういう鳴き声です。
「……キシャーじゃないね」
「そうだね。これは威嚇してないね」
「じゃあ、別にいいかな」
「そうだね。キシャーじゃないもんね」
 新谷尾さんとお母様は「うちの子が怖がらないなら問題ない」と特に気にせず、妹さんはキシャー猫のお告げにも安心できずガタガタ震え、新谷尾さんのお父様は家中の電灯を点けて就寝されました。
 家庭内での猫への信頼の温度差が窺われます。
 もっと猫を敬うべきだと思います。

   *

 昭和五十年頃、岐阜県の話。
 そこで新築の屋敷を建てる工事が行われていました。
 工事は順調に進んでいましたが、左官が仕事を始める頃になると、工事の進捗が途端に滞るようになりました。
「猫が出るんですわ」
 左官は口を揃えます。
 どこかの飼い猫なのかそれとも野良猫なのかは分からないのですが、工事現場に猫が出るというのです。
 猫が珍しい土地柄ではありませんし、工事現場に間仕切りをしたところで猫の出入りを完全に防ぐのは簡単なことではありません。
 まして、猫は左官にとって仇のようなものでもあります。塗り立ての壁やらコンクリの上に足跡を残していく輩です。塗り直しの手間を増やすにっくき闖入者を左官が嫌うのは仕方ないところではありますが、左官仕事を滞らせるほど頻繁な出入りとなると只事ではありません。
「いや、壁を踏まれるんじゃないんですわ。壁を塗ってると、猫が背中を触るんです」
 背中を前脚でてちてちする。
 寄ってきてすりすりする。
 壁に悪戯することはなく、ただただ左官の背中にアプローチを繰り返してくるのです。
「で、振り返るといないんですわ」
 一階の壁なら分かります。好奇心の強い猫がそうすることもあるかもしれません。
 二階の壁は……猫なら鳶が組んだ足場に飛び乗ることも、ないとは言えないかもしれません。
 しかし、足場の上でも猫の「てちてち」は繰り返されました。
 しかも、それが頻繁に、というよりも「壁を塗り始めるといつも、常に」となると話も違ってきます。
 猫好きには御褒美かもしれませんし、猫嫌いには不愉快かもしれません。
 しかし、建築現場の仕事師達は何かと験を担ぐものです。
 余りにも猫のアプローチが繰り返されるため左官は気味悪がり、何度も別の親方が現場を引き継ぎました。しかし、そのうち左官が全く居着かなくなり……。
 挙げ句、工事は完全に止まってしまったのです。
 結局、家は完成しませんでした。
 あともう少し、壁さえ塗りおえれば完成するという寸止めの状態で現場は放棄されてしまったそうです。
 施主と工務店の間でどのように話が結着したのかは分かりませんが、その後かなり長い間、未完成の家は敷地ごと放置されていたようです。
 当時、近所に住んでいた僕の従兄弟が様子を見に行ってみたところ、作りかけの門にお札が貼ってあったようです。どこの寺かどこの神社のものなのかもはっきり分からなかったけれども、それは確かに件の屋敷の何かを恐れるように厳重に封がされてあった、と。

 岐阜市の隣にある岐南町の猫屋敷のお話でした。

 

 

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祟目サムネ
 

人気作家書き下ろし怪談リレー「黄泉がたり黄泉つぎ」が新しくなりました!
「新・黄泉がたり黄泉つぎ」では当月の作家さんが来月の作家さんへ「お題」を出します。
来月の方はその「お題」にそった実話怪談を披露していただくことになります。
誰がバトンを受け取ったかは更新までのお楽しみ!

第6回・幽木武彦さんからのお題は「猫」でした。いかがでしたか?
さて、第7回・加藤一さんからのお題はこちら!→「果物」
どうぞお楽しみに。

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