新黄泉がたり黄泉つぎ

「愛してたのに……」服部義史

福田さんはポメラニアンを飼っていた。
名前をチロルという。
特に大きな病気をすることもなく、日々癒しを与え続けてくれた。
しかし、十二歳の誕生日を迎える三日前に、天寿を全うする。
福田さんの落ち込みようは相当なもので、完全なペットロス状態となる。
見兼ねた友人達は新しい犬を飼うことを進めるが、そんな簡単に割り切れるものではない。
夜になると涙に暮れる日々が続いていた。

ある日の夜、泣いている福田さんの腕に、舐められたような感覚が伝う。
生前、福田さんが泣いているときに、チロルがよくしていた行為であった。
思わず見るが、やはりチロルの姿はない。
もういないんだと認識することで、また涙が止まらなくなってしまう。
散々泣き続けた結果、完全に涙が流れなくなってしまった。
呆然とした感覚のまま、その場で固まる。
ペロッ……。
また腕を舐められたような気がした。
視線を向けると、一匹の小型犬がいる。
チロルではない。ダックスフントと思われる胴の長い黒い犬が、腕を舐め続けている。
福田さんは状況を理解できないでいたが、心が完全に弱っていたのであろう。
嬉しいと思い、その状態を受け入れた。
恐らくは幻覚であると思いつつも、可愛いという感情が溢れ出る。
その犬を撫でてみると、毛並みの触感までが掌に伝わった。
まるで生きている犬そのものである。
思わず抱き寄せ、頬擦りする。
温かさを感じると、思わず涙が零れた。

『ウゥーーーッ』

そのとき、威嚇するような唸り声が少し離れたところから聞こえた。
そちらに目を向けると、チロルが尻尾を上げ、険しい顔つきをしている。

「チロルッ!!」

思わず声を掛けたが、その途端、福田さんに背を向けた。
一度だけ、チラッとこちらを振り返るとその姿を消した。
チロルの顔は泣いているように見えた。
この顔だけは一生忘れられないだろうという。

現在の福田さんは犬を飼っていない。生きている、という言葉がつくのだが……。
例のダックスフントは結構な頻度で現れ続けている。
それは自宅や職場などの場所は問わず、福田さんの周囲を楽しそうにうろついているだけで特に害はない。
ただ、チロルは二度と現れてはくれない。

「裏切った、と思っているんじゃないかなぁ……」

自責の念に駆られる福田さんだが、根本が犬好きという面があるので、ダックスフントを無碍にもできないでいる。

「どうしたら、チロルに許してもらえるんでしょうか?」

彼女の悩みが解決される日がくることを願うばかりである。

 

 

 

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人気作家書き下ろし怪談リレー「黄泉がたり黄泉つぎ」が新しくなりました!

「新・黄泉がたり黄泉つぎ」では当月の作家さんが来月の作家さんへ「お題」を出します。
来月の方はその「お題」にそった実話怪談を披露していただくことになります。
誰がバトンを受け取ったかは更新までのお楽しみ!

第2回・戸神重明さんからのお題は「イヌ科の動物」でした。いかがでしたか?
さて、第3回・服部さんからのお題はこちら!→「花」
どうぞお楽しみに。

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