新黄泉がたり黄泉つぎ

「一蓮托生」緒方あきら

 西岡さんの家の庭には、かつて四本の木が植えられていた。
 しかし十年ほど前、台風などの風害で隣家に枝がぶつかる恐れがあるとして三本の木が処分された。
「普通、そういう理由なら全部切ってしまうでしょう。でも一本、柿の木だけは残されたんですよ。不思議に思って父に聞いてみたんです」
 西岡さんのお父さんが言うには、残された柿の木はお父さんが産まれた時に種を植えた縁起物の木なのだという。
 故に、今でもしっかりと立っているこの木だけは手を出したくなかったそうだ。
「その時初めて聞かされた話でした。自分が産まれた時に植えられた木には、思い入れがあるでしょうね」
 柿の木は土にしっかり根を張っており、西岡さんたちが特に水をやったりしないでも立派に成長している。手のかからない木であった。
 それはさながら、六十代を越えても元気に生きるお父さんそっくりに思えた。

 ところがある日、柿の木に異変が起きる。
 葉はほとんど成長することなく枯れ落ち、果実もドス黒く変色しその表面に奇妙な白い粉まで浮かび上がらせていた。今までは実をつけるとやってきた鳥や虫たちすら寄り付かない状況である。
 西岡さんも落ちた黒い実を見て、その奇妙な様に胸がざわついた。
 その年の冬、西岡さんのお父さんは急に入院してしまう。
 心臓を悪くしたお父さんは、十時間近い手術を受けることとなった。
 予後も集中治療室に入れられ、全身にスパゲッティのように管が何本も挿されていた。
「それまで元気だったのに、急に……でしたね。でも自分が父にできることなんて何もないので、すがるような気持ちで柿の木の手入れをしました」
 西岡さんは木の根元にさす栄養剤を投与したり、今まではしていなかった水やりをマメにしたりして、不気味な変容を遂げた柿の木のケアに尽力した。
 柿の木の葉に青さが戻ってきたころ、西岡さんのお父さんも集中治療室から一般病棟に移ることが出来た。医師の話では、術後の経過も良好らしい。
 安心した西岡さんは、柿の木のケアをやめた。
 お父さんが退院するまで続けなかったのか、と問うと西岡さんは笑って言った。
「柿の木を毎日世話しないといけない状態にしてしまったら、父も毎日介護が必要になってしまうんじゃないかって思ったんですよ。でも無事、柿の木も父も持ち直して今では元気そのものですよ」

 ただ、西岡さんには気になることがあった。
 今年の柿の木が、異常に成長するのである。
 たくましい枝は腕を大きく広げるように周囲に伸び、その枝にはたっぷりとオレンジ色の果実がなっている。葉も青々としていて、艶が陽を照り返していた。
 吉兆のように思えるが、西岡さんが気をもむのは果実の状態だという。
「すごくキレイで、傍目にもとても出来がいいんです。それなのに、鳥も虫もまったく寄り付かないんですよ。まるで、父が入院した時につけた果実とおんなじように」
 今月の下旬、西岡さんは試しに木から食べ頃になった柿をもいで食してみた。
 すると鮮やかな色とは対照的に信じられないほど渋く、口の中に不快な苦みが残るような味だった。
「だから、今年は父のことが心配なんですよ。出来るだけ身体に気を付けるよう言っています。なんにも起こらないといいんですが」
 西岡さんが送ってくれた写真には、立派な柿の木が写っていた。
 ただ、強い陽射しを浴びた柿の木が作る色濃い影が、私の気持ちをどこか不安にさせた。
『今のところ、父は変わらず過ごしています』
 写真が添付されたメールには、簡潔な言葉が添えられていた。
 
 

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手繰り怪談サムネ

人気作家書き下ろし怪談リレー「黄泉がたり黄泉つぎ」が新しくなりました!
「新・黄泉がたり黄泉つぎ」では当月の作家さんが来月の作家さんへ「お題」を出します。
来月の方はその「お題」にそった実話怪談を披露していただくことになります。
誰がバトンを受け取ったかは更新までのお楽しみ!

第7回・加藤一さんからのお題は「果物」でした。いかがでしたか?
さて、第8回・緒方あきらさんからのお題はこちら!→「和室」
どうぞお楽しみに。

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