新黄泉がたり黄泉つぎ

「えんじのだるま」黒木あるじ

 ある男性が、ひとかかえもある大きな達磨を買った。知人が選挙へ出馬すると聞き「当選した際に目を入れてください」と善意で寄贈したのである。残念ながら知人は落選し、片目の達磨は「そのまま残していても詮無いから」と、男性が引き取ることになった。
 数年後、今度は親戚が立候補した。男性は物置の奥に放置していた達磨を引っぱりだし、必勝祈願のつもりで贈る。しかし親戚も当選かなわず、再び達磨は彼のもとへ帰ってきた。その後も知りあいの町議選に一度、甥っ子の大学受験の際に一度、達磨を贈っている。だが知りあいは最下位で落ち、甥は志望校を全敗。そのつど達磨は突きかえされた。
 甥の家から戻ってきた達磨をしまっているとき、男性は「おや」と首をひねった。達磨の色が微妙に変わっている。鮮やかな赤だったはずが心なしか黒ずみ、臙脂色になっている。ふと、血に似た色だなと感じた。敗者たちの負の感情を吸いとったように思えた。「この達磨のせいで彼らは負けたのではないか」という考えが頭から離れなくなった。
 そんなとき、高校の同級生が院長選挙に出ると知った。本人は、人脈やキャリアから考えて九分九厘勝てる選挙だと豪語している。己のなかに湧いた疑惑を確かめようと、男性は同級生へ達磨を贈った。自分と達磨の勝負でもあったという。
 やがて選挙当日、吉報を待つ男性のもとに同級生の奥さんから電話がかかってきた。
「主人が今朝、急性心不全で亡くなりました」
 通夜の席で返却された達磨は、さらに赤黒くなっていた。
 男性はすっかり厭になって、達磨を蚤の市で売り払ってしまった。だから、臙脂色の達磨はこの世の何処かに、まだ在るのだ。

★次回は神沼三平太さんです。どうぞお楽しみに!

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