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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第7回 ~片町のエレベーター~

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片町に飲みに出る際には、雑居ビルに行く事が多い。
雑居ビルというのは、スナックやパブ、ラウンジやクラブなど、様々な種類の店が幾つも間借りして営業しているビルのことだ。

そこに、“不思議なエレベーター”が存在する……。

そんな噂を聞いたのはかなり前の事だった。
その雑居ビルには、2台のエレベーターがあるのだが、どうやら其処に、“出る”らしいのだ。

思えば、俺が初めてその雑居ビルに行った時から変ではあった。
その時は、仕事のお客さんの行きつけの店があるということで訪れたのだが、どう見ても詰めれば10人は乗れそうなエレベーターに、3人しか乗れないのである。

別に、相撲の力士が乗っているわけでもない。
それなのに、4人目が乗った途端に重量オーバーの警告音が鳴り出し、エレベーターはいっこうに扉を閉めようとしないのだ。

センサーの故障かな?と思ったのだが、左右2台のエレベーターが全く同じ症状であり、頑なに3人しか乗せようとしない。
仕方なく、その時も3人ずつ何組かに分けて乗っていくほかなかった。
内心、不便なことこの上ないと感じていたのは皆同じだろう。

俺はその雑居ビルのお目当ての店に着いてから、店のスタッフにそれとなく聞いてみた。

「あのエレベーターって不便じゃない?
3人しか乗れないって事は過重制限が200kgも無いってことでしょ?
そんなんじゃ太った人が1人か2人いたらそれでアウトだよね」

しかし、店のスタッフの反応は実に曖昧だった。

「まあ、私達も困ってるんですけどねぇ……。
でも太った方でも絶対に3人は乗れますから。

だから、出来るだけ3人で利用してくださいね」

重くても3人は大丈夫、3人で利用しろと、そういうのだ。
全くもって意味がわからない。
だから俺もついしつこく食い下がってしまった。

「ちゃんとビルの管理会社とかエレベーターの保守会社には、文句を言ったの?
それとどんなに太ってても必ず3人は乗れるっておかしくない?
それってどういう意味なの?」

矢継ぎ早に質問してみたが、暖簾に腕押し。

「まあ、その話は、これ位にしておいて……」

とはぐらかされてしまう。

その時は、単純に「???」という気持ちだったのだが、偶然が重なり、何度かその雑居ビルに入っている店に通うようになると、次第に事情が呑み込めてきた。

なぜ――その雑居ビルの店で働く者は皆、その話題を避けようとするのか?
なぜ――壊れているとしか思えないエレベーターを修理しようとしないのか?

その理由が何となく見えてきたのだ。
もっともそれはお店のスタッフから聞いたのではなく、偶然エレベーターに乗り合わせた、見知らぬお客さんから教えて貰ったことなのだが……。

夜も深くなり、完全に日付が変わった頃のこと――
片町は酔いの回った人たちで溢れかえっていた。
俺が件の雑居ビルのエレベーター前にやってくると、一人の年配男性が、エレベーターのボタンも押さず、ぼんやりと突っ立っていた。
誰かと待ち合わせかな?と思ったのだが、エレベーターが到着して俺が乗り込むと、慌てたようにその男性も乗り込んできた。

「はぁー、本当に面倒くさいエレベーターだよねぇ」

と言ってくるので、

「本当ですよね! 3人以上乗れない過重制限のエレベーターなんて、完全に設計ミスですよ」

と俺が返すと、その男性はぴくりと片眉をあげた。

「あれ、もしかして、知らないの? 3人しか乗れない理由」

「いや、知らないも何も、単なるメーカーの欠陥品でしょ? 
それに、どの店のスタッフに聞いても何も教えてくれないし」

突然妙なことを言われ、俺はすっかり面食らっていた。
男性は俺の返事を聞くと鷹揚に頷き、ちらりと視線をよこす。

「あんた、知りたいなら教えてあげようか?」

勿論、俺は即答した。

「お願いします」

すると、突然エレベーターの室内灯が消え、また点いた。ほんの一瞬だった。
同時に、俺達が押した階のひとつ手前でエレベーターの扉がするすると開く。

薄い、ブルーのドレスを着た女が立っていた。

背が高い。180センチはゆうにあったと思う。
だが病的に痩せており、ドレスは薄汚れていた。
乱れた髪が顔にかかり、その奥からギラついた双眸がこちらを睨んでいる。
その目は明らかに怒りに満ちていた。
何よりも異常だったのは、その女が、裸足だったことだ。

(……なんだ、こいつ?)

と思った俺だったが、隣の男は引きつった顔で青くなっていた。
まるで会いたくない顔見知りに会ってしまったときのように……。

俺は、その女が全くエレベーターに乗り込もうとしないことに業を煮やし、

「乗らないんですね? 閉めますよ!」

と言ってから、すぐにエレベーターの開閉ボタンを連打。
扉はスーッと閉まり、あとは目的の階に問題なく到着した。
同乗した男性は、扉の前に先程の女が居ないことを確認しつつ、慌てて扉から転がり出る。
そして俺は男にむんずと腕を掴まれると、彼の行きつけの店に引っ張って行かれた。

ボックス席に座ると、男は接客に来た女の子に邪険に手を振り、

「今夜はこの人と真面目な話があるから、誰も付かなくて良いよ」

と、すげなく言い放つ。
だが、その言葉は少し震えているようにも感じた。
男は一息つくと、ようやく肩の力を抜いて口を開いた。

「まあ、約束だからね。話してあげるけど……これだけは約束して欲しい。
今夜この店を出て帰る際には、絶対に階段を利用してくれ!
いや、今夜だけではなく今後もそう……このビルに来る時にはずっとだ。
行きも帰りも全て階段を利用する。
それでも万が一、どうしてもエレベーターを利用しなくちゃいけない時にはだな……
絶対に3人とか1人ではなく、2人で利用するんだ。
それが守れないのなら、もうあんた、このビルには近づかないほうが良いよ」

男性の酔いは既に醒めているのか、その顔は真剣だった。

「約束します」

俺は即答し、続きを聞くことにした。
そうしてやっと聞かせてもらったのが、次のような話であった――。

   *
   
昔は、このビルのエレベーターも普通だったんだ。
ちゃんと定員ギリギリまで乗れたしね。
何処にでもある当たり前のエレベーターだったんだよ。でも、ある日1人のホステスさんが、このビルから飛び降り自殺をしたんだ。
片町ってそういうのよく聞くだろう?
客とのトラブルと、ホステス同士のイジメ。
即死だったってさ。

それが原因かどうか、科学的な根拠がある訳じゃないんだけど、以来、エレベーターがおかしくなった。
ただ、3人でしか乗れないってのはちょっと違う。
3人以下しか乗れないってのが正解だな。
そして、安全なのは「2人」で乗る場合だけだ。

3人で乗っていると、突然エレベーターが停止して女が一人乗ってくる。
もうわかってると思うけど、それ……自殺した女なんだよ。
つまり、既に乗っている3人と合わせると、4人で乗ることになる。
4という数字は確かに死を連想させるが、何故その女が4人で乗ることに拘っているのかは正直分からん。
とにかく3人で乗っていると、4人目として乗ってくる。
噂じゃ、自分を自殺に追い込んだ元凶の客をずっと探しているそうだよ。
だから、あのエレベーターに3人で乗ると、必ず変な声を聞いたり、トラブルに巻き込まれる。
エレベーターの室内灯が消えてしまうとか。
突然止まるとか。
それだけならまだいいが、絶対に見たくないモノを見せられてしまうって言われている。

でもな、いちばんヤバいのは、1人でエレベーターに乗ることだよ。
過去には、失踪してしり、気が狂ってしまった者もいたらしい。
その空間で、どんな恐怖に直面してそうなったのかは誰にも分からない。
だけど、そんな短時間で気が狂っちまうほどの恐怖ってのは、何となく想像できると思わないか?

そして……この話を誰かに話してしまうと、話した人間の前には必ずその女が現れる。

だから、誰もあんたに何も話そうとしなかったんだよ。
そんなのは、ただの都市伝説という人も居るかもしれないが、実際、エレベーターの保守会社や、ビルの管理会社も、不具合の原因を見つけられない。それだけは厳然たる事実さ。
おまけに検証している間にもボロボロと怪奇現象が発生して、最後にゃ管理会社もさじを投げちまった。

ちなみにさっきあんたと2人でエレベーターに乗るまで、俺は10分以上待った。
一番安全な人数である2人で乗るためにだ。
上がってくる途中、一つ前の階で停まっちまっただろう?
……あの時立っていた女が、その自殺したホステスなんだと思う。
自殺した女も、背が高く、客との色恋沙汰で痩せ細り、いつも好きな青色のドレスを着ていたって噂だからさ……。

話を聞き終えて、俺はもう背筋が寒くてたまらなかったが、ずっとこちらを迷惑そうに見つめているその店のスタッフたちの顔が妙に印象に残っている。

彼は最後にこう言った。

俺は今日を限りにもうこのビルには近づかない。
だから、あんたもそうした方が良い。
さっき、俺とあんたはその女の姿を見てしまったからな。
見たら最後、とは言わないが、これだけは言える。
俺とあんたはあの女に目をつけられ、顔を覚えられたってことだ。
……これからは、無事に帰れる保証は無いぞ?

それから俺は、その男性の言う通り、階段を利用して1階まで降りた。
勿論、その男性と一緒に。
幸い何事も無かったのだが、いつもの好奇心が出てしまい、少し離れた場所から再びそのエレベーターに目を遣った。

すると、ちょうどエレベーターが1階まで降りてきて、扉が開いた。

中から出てくる3人の客。

だが、その背後には、先刻俺たちが見た女が嫌な笑いを浮かべて立っており、しばらくするとまた閉まっていく扉の中に見えなくなった。
それ以後、俺はその雑居ビルには近づかないことを心に決めた。

しかし、最近俺はこう思うのだ。
本当に恐ろしいのは、亡くなったホステスを自殺まで追い込んだ店のスタッフと、危険を知りながら、あえて客には3人でエレベーターに乗ることを勧める店の闇なのではないか――と。

著者プロフィール

著者:営業のK
出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話!

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は6/26(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!


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