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「片町酔いどれ怪談 」営業のK  第19回 ~ポールジロー~

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これはバーで知り合った男性から聞かせていただいた話になる。

彼は昔から、ウイスキーとブランデーしか飲まない人だった。
ウイスキー愛好家の中には、ブランデーは純粋なウイスキーに比べると色々と味を作っているから認めないという方もいらっしゃるようだが、俺からしてみれば『美味しければいいんじゃないの?』というのが本音だ。
彼もまた俺と同じく、ビールや日本酒、ワインなどは一切飲まない酒のみである。
もっとも、俺の場合は単にビールや日本酒が体に合わないというだけなのだが、彼の場合はある種の拘りを持って、ウイスキーとブランデーしか飲まないと決めている。
しかも、俺と違って安い酒は飲まない。
バーではいつもジムビームのブラックラベルの俺だが、値段よりもその味が気に入って飲んでいるというのが本当のところ。
まぁ、確かに比較的安いバーボンなので、たまには格好をつけてブラントンやブッカーズといったそれなりに高級なバーボンを注文したりもするが、彼はいつも
「好きな酒なら値段なんか関係無いですよ」
「周りの目を気にしてても仕方ないですしね」
と言ってくれる。
いつも高価な酒ばかり飲んでいる彼にそう言われると、不思議と悪い気はしなかった。
俺が聞いたこともないような銘柄のウイスキーの25年物や18年物ばかりを飲んでいる彼は、純粋にそのウイスキーたちが刻んできた時の流れを感じながら飲みたいだけなのだという。
確かに味もよりまろやかで甘いのだが、それよりもそんな歴史のあるウイスキーやブランデーを静かに飲んで、遠い日々に思いを馳せたい……それが最高にロマンティックだと。

そんな彼なのだが、金沢には単身赴任で来ていて、かれこれもう10年以上になる。
家族の元に帰るのは何か用事がある時か、もしくは正月くらいのものだという。
犀川近くのマンションに一人で住んでいるのだが、それも仕事終わりに毎日徒歩で行きつけのバーに行けるからという理由でその場所を選んだらしい。
そして、バーに通うだけでは飽き足らず、マンションの自室にもとっておきのウイスキーやブランデーを何本も所有していた。
それはバーが休みの日にも飲みたいからというのと、本当に自分が飲みたい銘柄の酒はバーにも置いていない場合が多いからだという。
きちんと温度管理の出来るケースの中に納められている酒は、確かになかなかお目にかかれない品物ばかり……。
10万円以上するウイスキーに隠れるように、さらに高い30万円以上する年代物のウイスキーがあったりする。
そんな中でも彼が特に気に入って飲んでいるのが『ポールジロー』というブランデーだった。
コニャックに分類されるそのブランデーは昔ながらの手作業で造られており、なかなか貴重なブランデーである。
以前、俺も一番安価なポールジローを飲ませてもらう機会があったのだが、確かにその味には感動させられた記憶がある。
しかし、彼が所有しているポールジローは35年物……。
俺などが易々と飲めるような代物ではない。
一般常識からしても、かなりの高嶺の花といっていいお値段だ。

問題は、このポールジロー35年物を彼が所有し、愛飲する様になってから、不思議な事が起こるようになったことだ。
初めて聞いた時はそんなばかな……と思ったのであるが――

ブランデーが減っているのだという。

彼が仕事や出張で夜間部屋にいない時があると、明らかにそのブランデーが減っているのだという。
一度目印としてその夜に飲んだ部分までビンに印を付けておいたそうなのだが、その時も出張から帰ると明らかにブランデーの量は減っていた。
ビンの栓もしっかりと閉めているし、気化して減ってしまうなどということは考えにくい。ある時、ひとビン飲み干してから新しいポールジローを補充しなかったそうだ。
すると、保管庫の中の酒が減っているような事はなくなった。
しかし、それで安心してまた新しいポールジローを買い足すと、またその夜からビンの中のブランデーが減りだしたのだという。

誰かが飲んでるのか?

そうも考えたが、彼は1人暮らしで、誰かを部屋に入れた事もほとんど無かった。

それじゃ、泥棒なのか?

だが、わざわざ部屋に入ってブランデーだけを飲んで帰る泥棒などいるだろうか。
そんな奴いないだろ?と自分を納得させてみたものの、酒が減っているのは動かしようのない事実だった。
しかも、他の高級ウイスキーやブランデーには一切手を付けず、減っているのはポールジローだけなのだ。
部屋が汚れている事もなければ何かが盗まれている事もない。
減っているポールジローのビンも、律儀に元あった場所に並べられていた。
それに、ポールジローの減り方は毎回同じ、明らかにグラスに1杯程度飲んだだけという感じだったという。
確かに少し気持ち悪かったが、彼は犯人捜しの為に監視カメラを設置するような野暮な事はしなかった。

ポールジローだけが減っているんだから、きっとその誰かさんも自分と同じようにポールジローが大好きなんだろう。
たいした量を飲まれている訳でも無いから別にいいか!

彼は持ち前の大らかさで、そのように思うことにしたという。

そんなある日のこと――。
急遽予定していた出張がキャンセルになった彼は仕事が終わると行きつけのバーに立ち寄り、午前0時頃まで飲んでから歩いて自宅マンションへと帰った。
そして、自宅マンションの近くまで来ると、誰かが彼の部屋のベランダに立っているのが
見えたという。

え――?

彼は隠れるようにしながら自分のマンションに近づいていくと、そっと物陰に身をかがめ自室のベランダを覗いた。
そこにいるのは、どうやら年老いた男性らしい。
しっかりとしたスーツを着て、お洒落な老紳士といった感じの風貌だ。
その老紳士は片手にグラスを持ち、それを時おり口に運んではチビチビと何かを飲んでいる様子だった。

もしかしたら、あれが犯人なのか?

彼はそう思ったが、その老紳士がとても嬉しそうに、愛おしむような表情でグラスを口に運んでは其処から見える夜景をぼんやりと眺めている様子を見るにつけ、思わず彼の口元も綻んでしまった。それぐらい老紳士の顔は穏やかで、何とも言えず幸せそうだった。
無意識に立ち上がった彼に老紳士は気付いてしまったようだったが、驚く様子も見せずグラスを上に掲げたまま深くお辞儀をしたという。
それを見て彼も思わず会釈してしまったが、次に彼が顔を上げた時にはもう既にその老紳士の姿はベランダからいなくなっていた。
それから彼が部屋に戻ると、やはりポールジローのボトルが少しだけ減っていた。
彼は誰もいない部屋に向かって、

いつも1杯だけにしてくれてありがとうございます……。

と声をかけたという。

翌朝、リビングのテーブルの上に四葉のクローバーの栞が置かれていた。
彼はとても嬉しくなり、自宅で飲む時にはいつもその四葉のクローバーを眺めながら飲むようになった。
以来、出張に出かける際にはテーブルの上にポールジローを置いていくようにしているそうだが、相変わらず減っているのはグラス一杯程度であり、現在の彼の夢は、その老紳士と夜通し好きなだけ一緒に飲む事なのだという。

別に何も話さなくても、あの老紳士となら間違いなく美味しい酒が飲めそうだから……。

彼は嬉しそうにそう話してくれた。

著者プロフィール

営業のK

出身:石川県金沢市
職業:会社員(営業職)
趣味:バンド活動とバイクでの一人旅
経歴:高校までを金沢市で過ごし、大学4年間は関西にて過ごす。
幼少期から数多の怪奇現象に遭遇し、そこから現在に至るまでに体験した恐怖事件、及び、周囲で発生した怪奇現象をメモにとり、それを文に綴ることをライフワークとしている。
勤務先のブログに実話怪談を執筆したことがYahoo!ニュースで話題となり、2017年「闇塗怪談」(竹書房)でデビュー。
好きな言葉:「他力本願」「果報は寝て待て」
ブログ:およそ石川県の怖くない話! 段落

★「片町酔いどれ怪談」は隔週金曜日更新です。
次回の更新は12/11(金)を予定しております。どうぞお楽しみに!

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