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【日々怪談】2021年5月1日の怖い話~カウントダウン

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【今日は何の日?】5月1日: メーデー

カウントダウン

 修一さんが九州に出張したときに泊まったビジネスホテルでのことだ。
 会社でトラブルがあってホテルのチェックインが遅くなった。日付はとうに変わっている。ホールの明かりも落としてある。辛うじて受付に一人ホテルマンがいた。
 手続きをして自分の部屋に続く廊下を歩いていると、途中の壁紙が歪な円形にぽこりと盛り上がっていた。猫くらいの大きさの何かが壁に埋まっているように感じた。立ち止まってよく見ると、所々出っ張りと窪みがある。手を伸ばして触れてみたところ、ぐにゅっとした感触が掌に伝わった。生き物のような温もりもあった。
 すると、その盛り上がりは壁に吸い込まれるように萎んだ。平らな壁が残った。
 変なこともあるものだなと思ったが、その夜は部屋でゆっくり寛いだ。
 翌朝再び夜遅くに仕事から戻ってきて、自室の電気のスイッチを点けると、そのスイッチのすぐ脇の壁が昨晩と同じように盛り上がっていた。
 触ってみるとやはり柔らかい。膨らみはまた壁に吸い込まれた。平らな壁を触ったり叩いたりしても、ただの石膏ボードの感触である。その夜もそれ以上は何事も起きなかった。
 次の夜、会社から戻ってホテルの部屋に入ると、ベッドの脇にまた膨らみが盛り上がっていた。あ、また出たと思って手で触れると、子供の甲高い笑い声がした。突然のことに周囲を見回すが子供はいない。膨らみが萎んでいく間、ずっと子供の笑い声は続いた。
 今度は吸い込まれた後も壁の内側がぐにゃぐにゃと粘土でも捏ねるように蠕動していた。
 自分は何を見ているのだろうと思って目を離せずにいると、再び壁が膨らみ始めた。
 顔だ。一目で分かった。ここは鼻だ。こっちは顎か。布に顔を押し付けたような膨らみは、明らかに人間の顔を模している。その顔は再度子供の笑い声とともに壁に消えた。
 修一さんは、それから何が起きるか身構えていた。しかし、特に何もなさそうだった。
 流石に怖いので、ライティングデスクの明かりは点けたままベッドに寝転がった。
 だが小一時間ほど経っても一向に寝付けない。仕方がないので冷蔵庫からビールを取り出して一気に呷った。
 アルコールが回ってきたところでベッドに再び横たわった。目を閉じていると笑い声が聞こえた。先程と同じ声だ。飛び起きた。
「さーん、にー、いーち、ぜろ!」
 子供の声だ。壁からまたもや顔が浮き出ていた。
 突然上半身が強い力でベッドに押し付けられた。身体が動かない。
「さーん、にー、いーち、ぜろ!」
 カウントダウンと同時に足首を掴まれて下方向に引きずられた。ベッドから引き摺り下ろすつもりだろうか。
「さーん、にー、いーち、ぜろ!」
 カウントダウンのたびに、強い力で引っ張られる。それが何度か繰り返された。
 気付くと足は膝までベッドからはみ出ていたが、誰かに支えらているように宙に浮いている。足下側の壁はベッドから一メートルほど離れている。その壁にあの顔が浮き上がっていた。そのすぐ横に真っ黒な穴が開いている。どれほど深いか見当が付かない。
「さーん、にー、いーち、ぜろ!」
 今度のカウントダウンは先程までの子供の甲高い声ではなかった。低く響く男の声だ。 修一さんは腹の底から叫んだ。声が出ると身体が動くようになった。その途端何者かに支えられていた下半身が落ちて尻餅を付いた。
 部屋から飛び出して朝までファミレスで過ごした。
 翌朝ホテルに言って部屋を変えてくれるように頼んだ。
 再びその夜も残業になった。ホテルに戻ったときに、初日のように廊下に丸い膨らみがあったが、今回は無視して部屋に入った。それからは部屋に顔は出なくなったという。

――「カウントダウン」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より

#ヒビカイ # メーデー

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