「片町酔いどれ怪談 」営業のK 第3回 ~犀川大橋の下~
片町の近くには犀川大橋という古い橋がある。
観光用に色を塗りなおし、ライトアップして一見お洒落にも見える橋なのだが、そもそも造られた時期は今から相当前に遡る。
俺が片町に飲みに行く時には、必ずこの犀川大橋を渡って行く。
健康のために、片町のバス停では降りずにあえて1つ手前のバス停で降り、其処から徒歩で片町へと向かうのだ。
また、夏場は飲んだ帰りに歩いて帰宅することもあるのだが、その時にもやはり犀川大橋を渡って自宅へと向かう。
そんな時、不思議な音が聞こえることがある。
それは何かが川の中へ飛び込んだような水音だ。
俺ははっとして欄干から身を乗り出し、下を覗きこんでみるのだが、溺れている人も浮かんでいる物も見つけることはできなかった。
水面には乱れひとつない。
あれだけ大きな音がしたというのに、だ。
ちなみに、俺の他にも川を覗き込んでいる人がいたのだから、聞き間違いというわけでもないだろう。
そういえは以前、新聞にも掲載されたことがあるのだが、誰かが大橋から川の中へ飛び込んだのを数人が目撃し、すぐ横にある交番に通報。
即刻大規模な捜索が行われたのだが、結局、川の中からは誰の姿も見つけることは出来なかったという事件があった。
交番は、犀川大橋のたもとである。その目と鼻の先で人が飛び込み、複数人が目撃したにも拘わらず、結局〈見間違い〉ということで片付いてしまった。
確かに、その時の記事によれば、ちょうど人が飛び込んだと思われる地点は他の場所よりも深い水位なのだそうだ。
だから、人が飛び込んだとしても死に至るケースは稀なのかもしれない。
が――だからと言って、飛び込んだ人がそのまま気付かれずに何処かへ泳いでいくなんてことがありえるだろうか?
そして、夜間とはいえ、複数の人間が同時に〈人が橋の上から川の中へ飛び込む〉という幻覚を見ることなどあるのだろうか?
俺はいつも犀川大橋を渡っている時、感じることがある。
それは、空気が明らかに他の場所とは違う、ということだ。
何処か懐かしさすら感じるこの橋だが、実際、夜になると空気は変わる。
何処からか……何かから……じっと見つめられているような気配を感じてしまうのだ。
だから、俺はいつも早足でさっさと橋を渡りきるようにしている。
それでも、やはり聞こえてしまうのだ。
欄干の向こう。
橋の下から……いつも何かの水音が。
だから、俺はいつもお世話になっているAさんという霊能者に聞いてみたことがある。
すると、Aさんは「へえ、Kさんにしてはなかなか鋭いじゃないですか。まあ、単なる偶然でしょうけど」と鼻で笑いながらも、こう答えてくれた。
あの橋の、ちょうど交番の下辺りの部分は川が淀んでいるんです。
つまり、悪い霊気が集まっている場所です。
きっと昔、何かがあったんだとは思いますけど、あの場所からは強い恨みの念を感じます。
最初がいつなのかは分からないですけれど、最初の犠牲者の生者への恨みが別の犠牲者を呼び寄せて、引きずりこむ……。
そんなことを繰り返しているうちに、もう手のほどこしようが無くなってしまって。
誰も気付かないだけで、あの場所には強い怨念が渦巻いています。
そして、常に誰かを引き込もうとしている。
だから、できることなら近づかない方が良いんです。
もしも、引き寄せられて川の中へ落ちてしまったら、きっとどれだけ探しても見つからないと思いますから。
死者の世界へ続いている禁忌の場所。
それが、あの橋の下なんですから……と。
俺があの橋を渡る時に、たまに聞こえる悲鳴のような声。
それは、もしかしたら引き寄せられて犠牲になった死者たちの断末魔の叫びなのかもしれない。