追悼寄稿/鏡太郎氏を偲んで
住倉カオス(怪談最恐戦オーガナイザー)
ファイナル大会を目前にした怪談最恐戦2020。今年は新しい試みとして『朗読部門』を新設した。
音声プラットフォームの『himalaya』とコラボしたこの朗読コンテストもをおかげさまで好評をいただき、百十数名という多くの方にご参加いただいている。
『怪談朗読』というジャンルへの注目度の高さであろう。ますますの盛り上がりの手応えを感じる。
ただ残念なことが一つだけある。
【鏡太郎】という怪談朗読者の名前がエントリーにないことである。
鏡太郎君とは昨年の怪談最恐戦の東京予選に参加してくれたことが初対面の機会だった。
彼はネットを中心に怪談朗読を精力的に行っているとのことであった。(過去形で言わなければいけないのが非常に残念である)
その穏やかで真面目な彼の態度は好感を感じたし、生真面目な表情にこちらはいたずら心を刺激された。舞台裏で緊張していた彼に、お互いアロハを着ていたので「おお、MCと被せてくるなんて度胸あるね〜」なんてからかった。彼はやはり生真面目に焦った顔を見せていた。
リハーサルではマイクに乗った声が明らかに震えていて、皆がクスクス笑ったりしていたのだが、本番ではそれがブラフだったように堂々と、丁寧な怪談で皆を唸らせた。
舞台裏での会話では人懐っこい少し甲高い声なのだが、舞台上では表情豊かに声色を使い分けていたのも印象的だった。
「あぁ彼はきちんとスイッチを入れる人なんだなぁ」という感想を僕は持った。
本戦でも一回戦で破れはしたが、皆の記憶に残る語りだったと思う。
終わったあとも翌年への再挑戦の思いを語っていた。
後日、生真面目に見える彼が実は相当なスケベだと聞き、2020の舞台上でそのことをいじるのを楽しみにしていた。
だが、彼は2020にはエントリーしてこなかった。
風のうわさで彼が入院したことを聞いた。
最恐戦2020の動画審査などが始まり、まだ発表はしていなかったが『朗読部門』の具体的な内容が少しづつ決まっていた。
僕はたまたまSNS上で、彼が最恐戦にエントリー出来なかったことを悔しがり来年はきっと出たいと書いていたのを見た。
僕はメッセージで、朗読部門が今年はあること、それはネットですべてが完結するので、会場に来なくても参加出来ることを知らせた。
彼からの返事は少し興奮気味に、絶対に参加する旨が書いてあった。
そして「希望を与えてくださり、本当に本当にありがとうございます」と締められていた。
彼が嬉しそうであったことが僕も嬉しかった。
だが、朗読部門の応募が始まっても、応募者に彼の名前はなかった。
一度は快方に向かったかに思えた病状が悪化し帰らぬ人となっていたのだ。
SNS上では彼の回復を信じ、応援していた人の悲しみの書き込みがあり、彼が多くの人に好かれ、愛され、そして喪失感を与えたことを目の当たりにした。
「人はこんなにも簡単にその生命を終えてしまうのか」
彼とは特に親しかったわけではない。
ここに記した関わりがほぼ全てである。
だが僕もまた、彼のいなくなってしまった事実に言葉にならない思いを、胸の奥にチリチリとした何かを、人の命の儚さを感じた。
しばらくして朗読部門のプラットフォームである『himalaya』内を「怪談」という単語で検索していた時である。
その中に『鏡太郎の怪談奇談』というチャンネルがあるのに気づいた。
彼は2018年4月からhimalayaを使って怪談の朗読を公開していたのだった。
全32エピソード。
それこそ彼が魂を込めた怪談朗読の録音である。
そのことをhimalaya運営の方に相談すると快くそのチャンネルの紹介にご協力いただけることになった。
今himalayaページを見るとトップに1週間、彼のチャンネルが表示されている。
ぜひ見てみて欲しい。
また、今後は彼と親しかった怪談朗読者のごまだんごさんが、残った彼の音源からセレクトしてそのチャンネルを更新していただけるそうである。
ぜひ登録していただきたい。
人の命には限りがある。
時にはそれは思いもよらぬ時にその時を迎え、周りの人を深い悲しみに包むことがある。
親しかった人に、愛していたその人に、もう触れることが出来なくなってしまうのだ。ある日突然に。
だが時に失われてしまったその人の魂が、その一部が残されるときがある。
その人が大事に、思いを込めた作品を残すときがある。
その時に僕らは、もう一度その人と語り、その人の心に触れることが出来る。
悲しみは急には癒やされない。
その喪失感は胸を切り裂く。
ただ、作品でその人のことを深く感じ、ゆっくりとゆっくりと時間を経ることで、その悲しみは優しい思い出に変わっていくのだ。
僕はそう信じたい。
音声アプリ『himalaya』
https://www.himalaya.com/jp
『鏡太郎の怪談奇談』
https://www.himalaya.com/jp-ghost-storyline-rakugo-podcasts/194127