【日々怪談】2021年7月23日の怖い話~米屋
【今日は何の日?】7月23日: 米騒動の日
米屋
小池さんが大学生の時分、米屋でバイトしていたときの話である。
仕事が終わった後に、山中さんという先輩が、
「新入り、面白い経験させてやるよ」
と声を掛けてきた。
返事に詰まっていると、
「良いからちょっと来いよ」
倉庫まで引っ張っていかれた。
天井まで積み上がった米袋の一角に、口の開いた玄米の袋が置いてあった。三十キロ袋の七分の高さまで玄米が入っている。
「なぁ小池よう、この袋に腕を突っ込んでみろや」
理由を訊いても、面白いからだよとしか答えてくれない。
山中さんがイライラしてきているのが分かったので、仕方なく袋の中の玄米に手首まで埋めた。
「肘まで!」
背中から怒声が飛んだ。
渋々肘まで埋める。
そのとき、不意に温かい手にぎゅっと握られた。
小池さんは大声を上げて腕を引き抜いた。玄米がぱらぱらと床に散らばった。
「握られただろ?」
山中さんは満足そうに笑った。
「面白かっただろ。あれ、女の手だぜ」
掃除しとけよな――と言い残し、山中さんは先に帰ってしまった。
バイトを始めてから半年程が経った。
急に山中さんの様子が変わった。いつもにも増してイライラしている。
ある日、小池さんは店に着くなり山中さんに殴られた。
「お前、何かしただろ!」
「知りませんよ!」
「お前しか知らないはずなんだ! お前が何かやったに決まってんだろ!」
知らないものは知らないのだから答えようがない。しつこくつきまとわれて、その日は仕事にならなかった。
あまりにも酷かったので、バイト先に相談して山中さんと一緒にならないようにシフトを調整してもらった。
それ以来、小池さんは山中さんには会っていない。
程なく、山中さんは仕事中に崩れた米袋に潰されて腕を折るという大怪我を負った。そしてその怪我が切っ掛けで、店も辞めてしまったと聞いた。
小池さんはその米屋で数年勤めたが、就職を機に引っ越すことになった。
そのバイトを辞める直前に一度だけ、バイトの後で件の玄米袋に腕を突っ込んだことがある。
やはり温かな手に掌を握られた。そのとき小池さんは、手をぎゅっと握り返した。
それ以来、今でも小池さんの部屋には玄米の粒が落ちていることがある。
――「米屋」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より