【日々怪談】2021年7月28日の怖い話~仁丹
【今日は何の日?】7月28日: 日本肝炎デー
仁丹
桐島さんは、平沢、新井という二人の友人と共に卒業旅行に出かけた。予定も立てずに気の向く方向へと、予約も取らずに行き当たりばったり。結局夜になって宿泊先に困った。
車を飛ばしていると、通りすがりに一軒の民宿があった。見れば立派なお屋敷である。
駄目元で訊ねてみると空きがあると言われた。渡りに船だ。
ご主人に、大きなお屋敷ですねと言うと、ニコニコしながら答えた。
「ここは昔は武家屋敷だったんですよ。先祖が買い取って、戦後民宿に改良したんです。でも改築改築で、もう迷路みたいになっちまってますよ。さぁ、お部屋はこちらです」
広めの部屋に通された。備品やトイレの場所の説明と共に、注意事項を一つ伝えられた。
「この廊下の突き当たりの先にも部屋がありますが、そこには絶対に近付かないでください」
食事までの間くつろいでいると、平沢がやけにそわそわしている。平沢は肝試しが大好きな男だ。心霊スポットにも好んで足を運んでいる。
「開かずの間って興味湧かない?」
「ああ、さっきの話? 近付くなって言われただろ? ばれたら怒られるぞ」
「……でもあんなこと言われたら絶対行くよな」
新井がテレビによく出ているコメディアンの真似をした。
食事と入浴も済ませて布団に転がっていると、ご主人が来て言った。
「我々も片付けを終えたら休ませていただきます。何かありましたら声を掛けてください」 足音が遠のくと、「今がチャンスだよな」と平沢が言った。結局全員で見にいった。
木製の引き戸にはお札が貼り付けられていた。いかにもという風情である。
平沢が引き戸に手を掛けて引いてみたが、鍵が掛かっていて開かない。平沢は残念だと繰り返しながらお札を突いた。その拍子にお札がぺろりと剥がれた。大部分が剥がれ落ちそうになっているのを見て、三人は逃げるようにして部屋に帰った。
夕食時のビールが効いたのか、桐島さんは夜中にトイレに行きたくなって目を覚ました。
新井は布団を被っていたが、平沢は部屋にいなかった。トイレにもいない。部屋に戻って何処に行ったのかと思案していると、目を覚ました新井がどうかしたのかと訊いた。
「平沢がいないんだよ」
「どっかでふらついてんじゃないの? 怖いもの知らずだし。好奇心強いし」
だが、待てど暮らせど帰ってこない。これはまずいと二人で民宿内を探し歩いた。
空き室を一部屋一部屋確認していく。客はどうやら自分達だけだ。平沢はきっとトイレの後で他の部屋に転がり込んでいるのだろう。迷惑な話だ。
ウロウロしていると、ご主人とおかみさんが二人揃って階段を下りてきた。
「どうしたんですか? 物音がするから泥棒かと思っちゃいましたよ」
「すいません。友人がいなくなったんで探しているんです。トイレの後に何処かの部屋で寝ちゃっているんじゃないかと思いまして」
ご夫婦も平沢の探索に協力してくれた。だが何処にも見当たらない。
そのとき悲鳴が上がった。叫び声は廊下の突き当たりから聞こえた。あの部屋だ。
「おい! 鍵取ってきてくれ!」
ご主人の叫びにおかみさんが鍵を取りに走った。開かずの間の前に走ると、やはり中から平沢の叫び声が聞こえた。先程のお札は剥がれて丸まり、廊下の隅に転がっていた。
鍵を開けて部屋に入ると、平沢が手足を激しく振りながら大声で助けを呼んでいた。
二人がかりで身体を揺すって声を掛ける。平沢は「あっ!」と言って目を開いた。
何があったかを訊ねられた平沢は、身に起きたことをぽつぽつと語り始めた。
「この部屋で寝ているのには何故かすぐ気付いたんだ。目を開けたら真っ暗で、でも自分の周りにも人がずらっといた。暗闇の中にはっきりと浮かび上がっててね。怖かったぜ」
男達は、平沢の腹を刃物で裂いて、中に手を突っ込んだ。激痛が走り、そして酷く苦しかった。叫び声を上げても無視された。
「もう大丈夫だけど、腹の中から何か抜き取られたような気がする」
やりとりを黙って聞いていたご主人が口を開いた。
「明日、宿を出た後に地元の神社に寄って、今晩の事を神主に伝えてくださいね」
お願いですから必ず行ってくださいね。必ずですよと念を押された。
朝、民宿を出て言われていた神社に行った。神主に経緯を話すと、複雑な表情をした。
「これからお祓いを致します。ただ、申し訳ありませんが、これは気休めだと思ってください。そしてこれから先、もし身体に異変があったら、すぐに病院に駆け込んでください」 旅行から帰ってひと月経った頃、平沢は腰が痛いと言い出した。
病院に行けというアドバイスに従い、検査を受けた。結果は肝炎だった。
あの旅館が何か関係しているはずだと、もう一度先日の神社に行って事情を訊ねた。
神主さんは、あの武家屋敷は首斬り役人の住んでいた屋敷で、件の部屋は罪人の胆を取り出していた場所だったと教えてくれた。当時の首斬り役人の権利として、処刑した罪人の肝臓を取り出して、干して薬にするということがあったのだとも聞かされた。
「あの部屋は、昔から手が付けられない状態なのだと聞いています」
そのことを民宿のご主人に訊くと、今回のことはくれぐれも内密にと言われた。
――「仁丹」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より
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