【日々怪談】2021年8月9日の怖い話~ アクセル
【今日は何の日?】8月9日: パーク(駐車場)の日
アクセル
江田さんの若い頃の趣味は中古車だった。
手に入れた車の多くはスポーツカーだったが、軽自動車にも手を出したことがある。
ある年の秋に、オートオークションで赤い軽のトールワゴンを入手した。街乗りや買い出しのときに役立ってくれればいいかと手を出したのだ。格安だった。
手元に来てすぐに、馴らし運転がてらドライブに出かけた。目的地は隣の県にある湖の畔にした。高速に乗ればすぐに着くが、あえて下道を選んだ。山道を暫く走っていけば、アクセルを踏んだときの感触もブレーキの利きも分かるからだ。定番コースである。
山道を通っていると、カーステレオから流れる曲に人が唸るような声が混じった。電源の接触か何かだろうと思った。しかし特に気にしないことにした。
さらに走ると霧が出てきた。濃い霧の中をのろのろと進み、目的の湖畔の駐車場に停めた。視界は真っ白だ。数メートル先にある湖の水面すら見えない。このままでは帰れない。
待っていれば少しは晴れるのではないか。そう考えて、暫く霧の中でカーステレオを聞きながら待っていた。そうするうちに日も暮れてきて周囲は暗くなってきた。
やはりステレオには、時折うーんと唸っている声としか思えない奇妙な雑音が入る。
駐車場は自分一人だ。もう日も暮れて真っ暗になってしまった。霧が晴れる気配はない。
このままでは埒が明かない。もう霧でも何でもいいから帰ろう。
そう思ってアクセルを踏みつけると、靴の下からぐにゃりという感触が伝わってきた。
エンジンの回転数が上がらない。踏みつける力がエンジンに伝わっていないようだ。
確認のため、ダッシュボードから懐中電灯を取り出して足下を照らした。
足の下に人の顔があった。
靴に踏まれて歪んだ顔が、こちらを見ていた。
男性だ。懐中電灯の光の中で、緑色の薄いゴムの膜を掛けたような肌の色をしていた。
その男性と目が合った。眼球も緑だった。
声を上げて逃げた。
たまたま通りがかった路線バスに飛び乗り、バスと電車を乗り継いで自宅まで帰った。
後日、路上に放置した車について通報まで受けて散々だった。
その車はすぐに売り払ったという。
――「アクセル」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より
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