【日々怪談】2021年8月12日の怖い話~枕

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【今日は何の日?】8月12日:とにかく暑い日

 伊藤さんの寝相は、お世辞にもいいとは言えなかった。
「……このありさまでは、年頃になったとき嫁のもらい手が付かない」
 両親は娘が適齢期を迎えるより遙か以前から、娘の寝相が将来を左右するのではと心を痛めていた。が、ある日を境に、その心配は無用のものとなる。

 寝苦しい夜だった。
 寝相の悪さについては、伊藤さん自身にも心当たりはあった。
 子供というものは、体温の高い生き物だ。
 伊藤さんはその最たるものだった。よく言えば他の子供より活発な、つまりは覇気が余って体温の高い子供だった。
 布団に入ってジッとしていられない。
 自分の体温で布団の中が蒸し暑く感じられる。
 冷たい場所を探してはもぞもぞと足を動かし、シーツを乱し、やがては綺麗に被っていた毛布も掛け布団も、跳ね上げて蹴り散らかすことになってしまう。
 その日、普段以上に寝苦しさを感じた伊藤さんは、布団に入った早々から布団を蹴上げて、畳の上に足を突き出していた。ひんやりした感触を感じて、寝苦しさが少し薄まったように思う。

 ……ウトウトと眠りに落ちかけたとき。
「ギャッ!」
 誰かに足を踏まれた。
 それも、突き出していた足の甲を激しく踏み抜くような、猛烈な勢いだ。
〈お母さん!?〉
 伊藤さんは文字通り痛さで跳ね起きた。
 が、黄色い常夜灯がぽつんと点いた室内には誰もいない。
 ドアは閉じたまま。雨戸を下ろしたサッシにも変わりはない。
「……夢?」
 暗がりで緑に光るデジタル時計は、真夜中の一時を指している。
 まだ寝入りばなだ。
 跳ね起きたことを後悔した。
 寝直そう、と枕に倒れ込む。
 ――ゴギッ。
 何か固いものに後頭部をしこたまぶつけた。
 柔らかい枕を期待していて不意を突かれたこともあって、その痛さたるや尋常なものではない。
「いたたたた……なんなのよ、もう!」
 完全に目が覚めた。
 後頭部をさすりながら枕を確かめる。
 暗がりの中、枕の辺りをまさぐると、何か固い、そしてふさふさしたものに触れた。
 目を凝らしてみる。
 そこにあったのは首だった。
 首の主に身体はなかった。
 その首は布団の外から、逆向きに伊藤さんの枕を拝借していたようだ。

 以来、伊藤さんの寝相は驚くほどに良くなった。
 布団から手足を出さない。
 布団を剥いで寝ない。
 ただし、枕も使わない。
 両親は枕をいやがる娘を少々不審がったが、伊藤さん自身は二十年以上すぎた今でもそのスタイルを変えられないでいる。

――「枕」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より

#ヒビカイ # とにかく暑い日

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