【日々怪談】2021年8月17日の怖い話~チップ
【今日は何の日?】8月17日: インドネシア独立記念日
チップ
黒木さんがインドネシアに旅行に行った際に泊まったホテルでの話である。
夜物音がして目が覚めた。真夜中にも関わらず、ホテルマンが部屋の掃除をしている。
「お前何やってんだよ! 出ていけよ!」
掃除をしてくれているとはいえ、チェックアウトもしていない時間帯に勝手に部屋に入ってきての行為である。腹が立ったので何度も大声を上げたが、相手はニコニコしたまま掃除を続行する。
「何勝手に入ってきてんだ! 今すぐ出て行けよ!」
言葉が通じていないのか。ホテルマンは態度を変えない。
ただ、どうもこちらを気にはしているのか、時折ちらちらと視線を投げてくる。
それを見てまた腹が立った。日本語が通じないなら英語で出ていけと言えば、流石に通じるだろう。
「Get Outッ! Get Outッ!」
身振りを交え、腕を振りつつ英語で怒鳴りつけた。その態度は流石に通じたのか、ホテルマンは大変不満そうな顔をして半透明になり、すうっと消えた。
驚いたのは黒木さんである。先程から相手をしていたのは人間ではなかったのか。
だが、幽霊を見てしまって怖いと思いはしたが、あいつは無事部屋から退散したようだ。
黒木さんはそう判断して、そのままベッドに入って寝てしまった。
翌朝目を覚ますと、自分の荷物がぐちゃぐちゃに荒らされていた。着替えも土産物もあちらこちらに散らばっており、空き巣が入ったとしか思えない状態だ。
ただ救われたのは貴重品を始めとして荷物は盗まれていなかった点だ。
余りの事にホテルに文句を言うと、日本語の分かるフロントマンが対応してくれた。
「ああ、お客様も掃除する男をご覧になられましたか」
昨晩の幽霊のことを伝えると、
「お客様、幽霊にチップ渡さなかったのではないですか? チップを渡さないと、あの掃除夫は荷物を荒らすんですよ。これからはどうぞお気を付けください」
フロントマンは恭しく頭を下げて、そう言った。
「……そんなのが出るなら先に教えてくれればいいのによう!」
黒木さんはそのときの感情を思い出したのか、大変悔しそうな口調で言った。
――「チップ」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より
#ヒビカイ # インドネシア独立記念日