【日々怪談】2021年8月24日の怖い話~リス

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【今日は何の日?】8月24日:愛酒の日

リス

 幽霊が見えたからとて、いいことなど何もない。せいぜい酒の席での話のタネになるか、胡散臭がられるのが関の山だ。
 だから、〈見えすぎ〉て困る小出さんは、普段はその力をセーブしている。
 電車の中で他人と目を合わせないように意識的に逸らすようなものだという。
 しかし、酒を飲んだときはそのタガが外れてしまう。

 転勤で配属された新しい部署の歓迎会でのこと。
 気持ちよく盃を重ねるうちに、タガが緩んできた。
 相応に酔いが回っているせいか、自分のタガが緩んできていることにも気付かない。宴席にいる同僚の人数より多くの人影が見え始める。
 隣に座った係長の〈連れ〉は、一際はっきり見える。
 そして、酔いのせいか小出さんの口も滑りやすくなっていた。
「あのーぅ、心当たりないですかぁ? ……セミロングのぉ。こういう、くりっとした髪型でぇ。目が大きくてぇ、リスみたいな感じの可愛い女の子。そういう娘に心当たりないですかぁ?」
 係長の表情が固まる。
「なんかねえ。そのリスみたいな娘ねぇ、係長の後ろにくっついてきてますよぉ。いよっ、モテモテですねぇ~」
 軽い気持ちで言ったつもりが、場の空気が一斉に凍り付いてしまった。
 それまでの和やかな雰囲気は一転して気まずいものになり、二次会もそこそこにその日はお開きとなった。

 同じ方向に帰るという部下が、乗り合わせたタクシーの中で尋ねた。
「小出さん、本当に見えるんですか」
「少し。でも、どうせ信じてもらえないと思ってたから、軽い気持ちで言ったんだけど、やっぱりそういうのって皆気にするのかしらね」
 部下は暗い声で言った。
「いや……あの係長、今、不倫で揉めてるんですよ。相手は……さっき小出さんが言ってた〈リスみたいな娘〉でしてね。うまいこと言うなあって思ったんだけど……。小出さん、実はそのこと知ってたんでしょ?」
 今日転勤してきたばっかりの私がそんなこと知るはずないでしょう――と弁明したところで、後の祭りだった。

――「リス」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より

#ヒビカイ # 愛酒の日

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