【日々怪談】2021年2月16日の怖い話 ~現れたるは
現れたるは
葛樹さんはアパートで一人暮らしをしている。
休日のある日、自宅の電話に電話が掛かってきた。しかし、電話機の表示には「非通知」と出ている。
以前から非通知の電話は勧誘のものがほとんどだったので、出るのも面倒臭いと思った葛樹さんは、無視を決め込むことにした。
呼び出し音が一度切れた後で、再度電話が鳴った。やはり非通知である。暫く呼び出し音が鳴り続けたが、これも無視した。
電話が切れた後、すぐにまた鳴り始めた。これも出るつもりは全くなかった。
そのとき、電源の落ちていた自分の部屋のテレビがヴンと鳴って、画面が点灯した。
テレビには知らない男のアップが映し出されている。厳しい顔をした男が、じっとカメラ越しにこちらを見つめている。
何の番組だろう。葛樹さんは思ったが、テレビの中の男が何となくこっちを見ているような気がして大変気持ちが悪い。
見ていると、不機嫌そうな顔をした男と目が合っているような気がした。
テレビの男は不意に小さく舌打ちすると、
「おい、電話出ろや」
不機嫌そうなドスの効いた関西弁で言った。男は続けて、
「おい、お前、何無視してんねん。何で電話出えへんねん。はよ出ろや!」
そう言ってテレビ越しに睨み付けてきた。
葛樹さんはまだ鳴っている電話から受話器を持ち上げた。
テレビを見ると、男も携帯電話を握っている。
受話器からテレビの男の声がした。
「おう、やっと出たな。お前、何で出えへんねん?」
「いや、非通知でしたし……」
葛樹さんが小さい声で言い訳をすると、
「まぁええわ。出たんやったらええわ、出たんやったら」
男は電話を切り、それと同時にテレビの画面も消えてしまった。
* * *
由香さんは、会社から戻ってから一通りの家事をする。
洗濯機は乾燥機付きのものが欲しいのだが、一人暮らしということもあって、夜干しだけで何とか間に合っている。
その夜も洗濯を干し終わってほっと一息つき、お茶でもしようかとヤカンをコンロにかけた。お湯が沸騰するのを雑誌を読んで待っていると、キッチンからお湯が沸いたことを示すピーという笛の音が聞こえてきた。
火を止めようとキッチンに向かうと、換気扇を回していたにも拘わらずキッチンを見通せないほど水蒸気が立ちこめていた。慌ててコンロに近付くと、水蒸気がはっきりとした輪郭を取り始めた。一秒と掛からずに、ターバンを巻いた大男の姿になった。
ランプの魔神だ。
由香さんはディズニーランドのエレクトリカルパレードを思い出した。いや、ジーニーはターバンは巻いていなかったか。
驚いていると、腕を組んだ魔神は由香さんに、
「雨が降るから洗濯物をしまえ」
と言った。ぽかんとしていると、
「いいな? しまえよ?」
そう念を押して、魔神はヤカンの口の中に引っ込んでしまった。
――今の何?
まだピーピー言っているヤカンの火を止め、中を覗いてみても、沸騰したお湯が入っているばかりである。
天気予報では今晩はずっと晴れだ。今の空もすっきりとした星空である。
せっかく干した洗濯物をわざわざ取り込むのもどうかと思われた。なので由香さんは洗濯物をそのままにして寝てしまった。
夜半、雷と強い雨の音で起こされた。ゲリラ豪雨である。
洗濯物は魔神の言葉通り、ずぶ濡れになってしまった
この話には後日談がある。
ヤカンの魔神は未だにちょくちょく〈出る〉。
ただ、その予言は、「今日は雨が降るから傘を持っていけ」とか、「雨が降るから干してある靴をしまえ」といった雨に関する他愛のないものばかりなのだという。
――「現れたるは」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より