【日々怪談】2021年2月17日の怖い話~ベジタリアン
ベジタリアン
散歩中のこと。
進行方向から「歩いて」くる大根に気付いた。
大根足の人間、ではない。
形もサイズもごく普通の、白い野菜のアレだ。
大根はふわふわと宙に浮いたまま、上下に揺れながら移動してくる。
それは空を滑るといった具合ではなく、まさしく見えない足で地面を踏みしめて歩いているかのように思われた。
呆気に取られて眺めていたら、すれ違い様に咎められた。
「見てんじゃねぇよ」
大根は吐き捨てるように言った。
若い男の声だった。
* * *
ある日のこと。
目前に立つ女性の顔の前に、先端が切り落とされた胡瓜が浮いている。
垂直にそそり立った胡瓜はサカサカと左右に動いた。
すると、女性の胸の辺りにスライスされた胡瓜がひらひらと落ちて消えた。
また別の日のこと。
今度は半分の大きさの大根が浮いていた。
それが左右にスライドする。
男性の胸の所からぼたぼたと足下に落ちる大根下ろしが、気になって仕方がなかった。
* * *
名古屋駅太閤口での話。
携帯で大声で話しながら歩いている五分刈りの男の後頭部に、使い込まれた下ろし金が貼り付いていた。
あまつさえ、丸ごと一本の大根も浮かんでいた。
それは空中で上下している。
何かを、いやもちろんというべきか、大根がすり下ろされている。
すり下ろされた大根は男の足下に散ると同時に、淡雪のように消えていった。
男も周囲の人たちも、誰も気付いていなかった。
――「ベジタリアン」ねこや堂『恐怖箱 百聞』より