【日々怪談】2021年2月25日の怖い話~ 十六人目
【今日は何の日?】2月25日: 1890年日本麦酒醸造会社が恵比寿ビールを発売
十六人目
結城さんは視える人である。
大学時代、彼女はうなぎ屋でアルバイトをしていた。
二階にはお座敷もあり、法事や精進落としにも使われることが多い店だった。
ある日、十五名で昼から法事の予約が入った。予約の時間に訪れたお客様は、先頭に老人の遺影を抱えた喪服姿の男性だった。男性に続く全員が喪服を着込んでいる。
集団全体の印象が暗い。宴会場にお通ししていると、最後尾に先程の遺影に写っていた老人が続いた。
飲み物の注文を取りに宴会場に向かうと、やはりその老人がいた。
長机の一角に写真台がしつらえてあった。そこに立て掛けられた遺影の後ろに陣取り、老人はじっと会場を睨め付けている。
遺影の横に先程遺影を抱えていた男性が座った。顔立ちからして老人の息子さんであろうと思われた。
その左右に親族が並んだ。
配膳をしている間に、親族の間で色々な話が始まった。
飲み物として、ビールが注文された。
結城さんがビールを抱えて戻ると、お座敷の外にまで漏れ聞こえるような大声で、故人のことを話題にしている様子が聞こえた。内容は故人を侮辱するような、聞くに堪えないものであった。
結城さんは、本人がすぐ側にいるのにと思いつつ、それを口に出さずに配膳を続けた。
息子さんはその悪口を耳にしながらも、何か反論する訳でもなく、下を向いたまま黙っていた。その間、遺影の後ろの老人は、主に悪口を発している中年男性のほうを鋭い眼光で睨み付けていた。
不意に中年男性の奥さんが席を立った。背後に置いてある荷物をまさぐると、
「これ、地元の大福でね、とっても評判良いんですよ」
と言いながら、食事の配膳の最中にもかかわらず、大福餅を参列者に配り始めた。
彼女は足下がおぼつかない様子で、ふらふらしながら会場を巡った。
「ほら、あなたも」
最後に息子さんに大福餅を渡そうとして写真台の前を横切ったそのときである。遺影の後ろの老人が、背後から思い切り自分の遺影を叩いた。
遺影は勢い良く机から落ち、まだ注いでいないビールの瓶に当たった。ビールの瓶が倒れ、遺影のガラスに直撃する。
がちゃんと音がした。
周囲からは、女性が遺影を引っ掛けて倒したように見えたのだろう。
場はしんと静まり返った。
無言のまま息子さんは立ち上がり、遺影を拾い上げた。写真は濡れ、額の表面にはひびが入っていた。
「大丈夫ですか?」
結城さんは布巾を持って急いで戻り、溢れたビールを拭き取った。
そのとき、
「おじいさんの写真、駄目になっちまったなぁ。どうすんだよ」
息子さんの隣の男性が非難する声を上げた。
散々悪口を言っていた中年男性も、顔を真っ赤にして黙り込んだ。
息子さんが遺影を拭き大事そうに箱にしまうと、老人はすっと姿を消した。
――「十六人目」神沼三平太『 恐怖箱 百聞 』より