【日々怪談】2021年2月28日の怖い話~ 四股

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【今日は何の日?】2月28日: バカヤローの日

四股

 若貴ブームの頃の話である。
 近沢さんは自分の体格を活かすことを考え、大学では相撲部に入部した。
 入部後暫くして、強化合宿に行くことになった。今は少なくなってしまったが、当時は土俵を持っている合宿所も多かった。合宿では早朝から激しい稽古を行う。昼前に稽古は終わるが、とにかく毎食腹一杯食えと言われ、新人は言われるがままにちゃんこを流し込み、食ったらすぐに横になるという生活である。体重を増やすための特訓だ。夜はテレビもないので翌朝の稽古のために早寝である。
 その晩も食事を終え、部員一堂皆横になってうつらうつらしていた。
 突如、合宿所の庭から金切り声が聞こえた。
 長く尾を引く遠慮のない叫び声に部員達は起きだした。そこにまた金切り声が響いた。
 庭に面した廊下側の襖を開けると、引き違い窓を通して庭に誰かがいるのが目に入った。
 ざんばら髪に真っ白な顔。
 それもムンクの叫びのように顎が伸び切った異形の造形だった。
 恐らく生前は女性だったのだろうが、もはやそれすら怪しく思える崩れ切った容姿である。うっすらと光を帯びているのが、この世のものではないことを物語っていた。
 その女が部員達を見つけて、ゆっくりと近付いてくる。
 部員は皆パニック状態である。しかし、そこに豪快な鼾が響いた。主将だった。
 主将は先ほどからの金切り声にも目を覚ますことなく、寝続けていた。
 部員は主将を揺さぶり起こした。主将は不機嫌そうに起き上がると、部員の報告を聞き、庭に目をやった。女は先ほどよりも近付いてきていた。
「主将、このままじゃ、部屋に入ってきます」
「馬鹿野郎!」
 主将が一喝した。
「四股を踏め四股を!」
 お前ら皆表に出ろ! と主将にどやされ、部員は皆寝間着の浴衣姿で庭に飛び出した。
 既に、女が手を伸ばせば部員達に届きそうな距離まで近付いている。
「気合い入れろぉ!」
 主将が叫ぶ。頭上高く主将の足が持ち上がった。
「どすこーい!」
 地響きさえも感じる、ほれぼれとする力強い四股だった。それに合わせるように部員も皆四股を踏み始めた。近沢さんも渾身の力を込めて大地を踏みしめた。
「どすこーい!」
 それを見た女は動きが止まり、あまつさえ後ずさりを始めた。
「どすこーい!」
 女は金切り声を上げ続けるが、部員はそれを無視し、黙々と四股を踏み続けた。
「どすこーい!」
 そして女はとうとう姿を消した。それを見た部員達は主将に駆け寄り、口々に、
「ごっつぁんです!」
 と主将の剛毅を誉め称えた。

――「四股」神沼三平太『 恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ #バカヤローの日

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