【日々怪談】2021年3月5日の怖い話~ 人形供養
【今日は何の日?】3月5日: 巫女の日
人形供養
都心から百キロ圏内にある、山あいの集落での話である。
小林さんは、家にある日本人形を処分しようと考えた。身長三十センチほどもある大きな人形だ。それは元々別れた彼女が持ってきたものだった。彼女の実家に送り付けても良かったが、既に彼女とは音信不通の間柄である。別れた彼女のためにそこまでの手間を掛けたくはなかった。ただ人の形をしたものを単にゴミとして捨てるのも憚られた。
そのまま暫く放っておいたが、あるとき、小林さんは人形供養というものがあることを知った。ものは試しと近所の神社にその人形を持っていった。別に人形供養の日程を調べた訳ではないし、実際に人形を預かってくれるかを確かめた訳でもない。単に持っていけば受け取ってくれるのだろうというようなことをぼんやり期待していた。
近所の神社は、歴史はあっても宮司が常在しない小さな神社である。
鳥居を潜り石段を登った。人の気配はない。本殿に近寄り、賽銭箱の横に持ってきた人形を置く。人形供養の作法も神社に預けるための方法も知らなかった。ただここまで来て人形を持って帰る選択肢はなかった。
賽銭箱に小銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼と、一通り参拝を済ませた。何を願えば良いかよく分からなかったが、この人形をよろしくお願いしますとだけ念じた。
さぁ帰ろうと振り返ったところ、今置いたばかりの場所に人形がなかった。その代わりに女が立っていた。
いや、辛うじて女だと分かるが、年齢や詳しい服装などは分からない。ただ、小林さんはそれを女だと直感した。
女が人形を抱き、その人形の耳元で何かを囁いた。女は人形を抱えたまま消えた。
驚いた。驚いたが、人形もなくなったし、結果オーライだ。
小林さんは首を振り振り、元来た道を帰ろうとした。
そのとき脇に立てられた古びた看板が目に入った。
『人形を持ってこないでください』
墨文字で書かれていた。しかし後の祭りである。そのまま神社を後にした。
だが家に帰ると、神社に預けて女とともに消えたはずの日本人形が、小林さんのことを素知らぬ顔で待っていた。
――「人形供養」神沼三平太『 恐怖箱 百眼』より