【日々怪談】2021年3月7日の怖い話~ 馴染みの店

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【今日は何の日?】3月7日:消防記念日

馴染みの店

「おう! 姉ちゃん!」
 夕方、園子さんが近所に住む彼氏の家へ遊びに行く道すがらのことである。
「今日は買っていかないのかい」
 声を掛けてきたのは商店街の馴染みの小さな焼き鳥屋のおじさんだった。店の入り口横の、持ち帰り用の焼き鳥を渡す出窓から笑顔を覗かせる、馴染みのおじさん。
 おじさんは園子さんを見つけると、必ず何かしらの声を掛けてきてくれる。焼き鳥の味はごくごく普通なのだが、ついおじさんの愛嬌と焼き鳥の匂いに負けて買ってしまうことがしばしばあった。
「んー! 今日も良い匂い! でも、遠慮しとくよ~。ダイエット中!」
「そうかい。じゃあ、またな」
 その後、彼氏は言った。
「え? 嘘でしょ? そこ昨日、火事で全焼したんだよ……」
 帰りに確認すると、確かにそのようだった。

*   *   *

 東北。
 竹浪君は高校を卒業後、酒屋でアルバイトをしていた。
 担当業務の主は取り引きのある居酒屋やスナックへの配達。
 配達と言っても、内容は重いケースや樽を抱える力仕事、配達先で店舗から口頭で告げられる追加注文への対応、新商品、新価格の営業活動などなど、やることは様々だ。
 不況の煽りで以前よりもだいぶ落ち着いたとはいえ、常に気を遣う仕事である。

 配送トラックを運転中、竹浪君の携帯が鳴った。
〈着信 スナック 楓〉
『おお。急で悪いばって樽とばふたっつ頼むじゃ』
 古くからの付き合いのある、老舗のスナックのママからだった。
 初老のママが一人で切り盛りする、常連相手ののんびりとしたスナックである。
「あい。今日だば暇だはんで一時間ぐらいで持っていげるはんで」
 そう告げた後、会社へ注文が入った旨を電話で報告する。
「はい。樽二つな……へば、伝票作っておくな……」
 じゃあよろしく、と電話を切ろうとすると、
「待で待で」
 と電話口から聞こえる。
「はい」
「おめぇ、そごは違う。そごは持っていがなくていいどごだ」
「なして。楓だや。いぐべさ」
「おめえ、店電がら電話あったのが? それともママの携帯が?」
「あっごのママ、携帯持ってねえ。店電だ」
 楓の固定電話からママが注文しているのだから、配達して当たり前だ。料金滞納でもしているのだろうか。
「……わがっだ。へば、今すぐ楓さ行っでみろ」
 竹浪君は言われた通り楓に一度寄った後、配達を全て終わらせ会社に戻った。
 楓からは催促の電話が一度あった。
「あっごのママ、先週、首吊ってまったねさの……」
 電話番の事務担当の社員にそう告げられた。
「まんず、暇さなる一方だ」
 雑居ビルの一室の楓の入り口ドアは鍵が掛かっていて、看板が外されていた。
 ドアには貼り紙。
 諸事情に寄り、閉店となりました云々。

『まんだ届がねぇんだが、お客さん待ってら……』

――「馴染みの店」高田公太『 恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ #消防記念日

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