【日々怪談】2021年3月13日の怖い話~ 頁
【今日は何の日?】3月13日:サンドイッチデー
頁
那覇市内の古書店で本を買った。
二十世紀の終わり頃にK書店から発売されたホラー小説のアンソロジー。名だたる著名作家の名前がずらりと並ぶ。
刊行から数年以上過ぎている古本であるにも拘わらず、特に日焼けした風もない小綺麗な本だった。
「へぇ、こんなの出てたんだ」
家でゆっくり読もう――と、レジに持っていった。
翌日。その日は朝から目が痛かった。
しくしく、ちくちくとする。何度も瞼を擦るが、一向に具合が良くならない。
鏡を覗き込んでみると、左目だけが充血して真っ赤になっている。
何か巻き込んだか、と瞼を裏返してみても異物らしきものは見当たらない。
午後。昨日買った本のことを思い出した。
痛む目が気になって出掛ける気分にもなれず、件の本を手に取った。
紙袋から出して手に取ると、頁の間から人毛と思しき毛先が生えていた。
二本、それぞれ別々の頁に挟まっている。
そのうち一本を指先で抓んで抜き取ってみるが、随分と細く、そして長い髪の毛だった。
自分の髪はもっと太く、そしてこんなに長くない。
(前の持ち主か、それともあの古書店の店長かな)
頁をぱらりと捲って、もう一本の髪の毛が挟まっていた箇所を開く。
また髪の毛。
今度は、細く縮れた髪の毛が七~八本ほど、本の喉に近いところに挟まっていた。
頁を捲るとまた同じ。
次の頁も同じ。
次の頁も同じ。
次の頁も……。
著者、作品に関係なく、それは延々二百頁近くにも及んで続いた。
全ての頁に数本ずつの髪の毛が挟まっていた。
そして、全ての髪の毛に毛根が付いていた。
毛根の皮脂は粘着力を失いかけた糊のように頁を接着していたが、頁を捲る度に毛根が剥がれる音と皮下を小さな虫が這い回るような不快な手応えが伝わってきた。
それを見つめている内に、左目の痛みが増してきた。
その日の内に、本は捨てた。
眼科に行ってみたものの、左目の不調の原因は分からなかった。
それから一週間過ぎたが、左目はまだ真っ赤に充血したままである。
――「頁」加藤一『恐怖箱 百聞』より