【日々怪談】2021年3月20日の怖い話~ 無垢な幽霊
【今日は何の日?】3月20日:国際幸福デー
無垢な幽霊
一人暮らしを始めてすぐのこと。
寝ようとした布団のシーツが、ぽくっと持ち上がった。弱々しい泣き声が聞こえる。
シーツの膨らみは、赤ん坊と思しき姿を形作っていた。
それからというもの、毎日赤ん坊は現れた。
放っておいても暫くすると消えてしまうのだが、泣く声のか細さが哀れで堪らなくなった。
シーツ越し、赤ん坊の顔に当たる場所を優しく撫でてやる。
――きゃっきゃっ。
可愛らしい声で笑った。
それからは赤ん坊が現れるたびに頬を撫でたり、お腹を擦ったり、時には指を差し出して小さな手に掴ませたりもした。
そうこうして半年も経った、ある夏の日。
赤ん坊はその日、いつもに増してアクティブだった。今までは仰向けに寝ているだけだったのがくるりと寝返りを打ち、ハイハイをするような仕草を見せた。
その危なっかしさに思わずシーツごと抱き上げた。お尻を〈とんとん〉と優しく叩いてあやした瞬間。
――うぶぶぶぶ。
甘えるような声を出し、胸にことんと頭を預けてそのまま消えた。
腕の中にはただ、夏物の薄手のシーツだけが残されていた。
今度生まれてくるときは幸せになれるといいな、とそう思った。
――「無垢な幽霊」ねこや堂『恐怖箱 百眼』より