【日々怪談】2021年3月21日の怖い話~ 竹やぶ
【今日は何の日?】3月21日:国際森林デー
竹やぶ
「小学校の夏休みは、毎年祖父の家で過ごしていたんです」
大森さんは夏休みの自由研究に、竹筒で作った水鉄砲を作ろうと考えた。祖父に手伝ってもらえば、きっと上手に作れるに違いない。しかし紙に設計図を描いて、さぁ作ろうと思ったところで、祖父の家に都合の良い竹筒がないことに気付いた。
祖父はその日、所用で出かけていた。祖母に竹筒はないかと訊いたが、うちにはないとすげない返事だった。
――そうだ、竹なら近所の竹やぶに沢山ある。
大森少年は祖父の道具箱から鋸を引っ張りだして意気揚々と出かけた。
竹ぐらいすぐに切り倒せるさと考えていたが、竹は硬く、また滑りやすい素材だ。切り倒す際には、大人でも歯の細かい竹引き鋸を用いるのが一般的である。ましてや子供が木材用の鋸で挽いても、太く育った青竹を簡単に切り倒せるはずはなかった。
大森少年は、祖父が戻ってくる前に水鉄砲の材料を手に入れようと、一人で必死に竹と格闘した。竹の表面に傷は付いたが、切り倒せる気配はなかった。
暫く頑張ったが、次第に鋸を持つ手も痛くなってきた。そのときである。
「坊主、助けてやろうか」
不意に背後から声を掛けられた。
恐る恐る振り向くと、見かけたことのない背の低い老人が立っていた。竹やぶの持ち主かと直観した大森少年は、怒られるだろうと思いながらも、正直に告げた。
「ごめんなさい! 水鉄砲に使う竹筒が欲しかったんです!」
すると老人は、
「そうかぁ、坊主、竹筒が欲しいんか。ならじいちゃんが取ってやろうなぁ」
そう言うと、周囲で一番太い竹を選び、その表面をぽんと掌で軽く叩いた。すると太い竹筒が大森少年の足下に転がった。
「一本でいいんか」
魔法でも見たかのように目を丸くする大森少年の前で、老人は何度も繰り返し竹を叩いた。その度に見事な竹筒がころんころんと大森少年の足下に落ちてきた。
「こんくらいでええかな」
大森少年は、両手で抱えきれないほどの本数の竹筒に、目を輝かせた。
何度もお礼を言って頭を下げると、何処に行ったのか、もう老人の姿はなかった。
大森少年が竹筒を抱えて家に戻ると、自宅にいるはずの両親が祖父の家にいた。
祖父と父に、何処に行っていたんだと酷く怒られた。祖母と母はぼろぼろと涙を流しながら、ああ良かった、ああ良かったと繰り返した。大森少年はそれを見て、ちょっと竹を切りに行ってきただけなのに、大げさだなぁと思った。
「でも後で訊いたら、僕が竹やぶに行ってから、まる二日経ってたんです。山狩りも始まってて、何処に行ってたんだって色々な人に問い詰められました」
正直に竹やぶの話をし、持って帰った竹筒を見せると、祖父は、
「無事戻れたんか」
と言い、
「もう、二度とあの竹やぶには入っちゃいけないぞ」
と注意された。
後年、そこは昔からの忌み地で、何度も子供が神隠しに遭っている場所だということ、村の人も両親も、大森少年が行方不明の間、その竹やぶを何度も何度も探し回ったことを告げられた。
近所の人にあの老人の容姿を告げても、誰一人としてその老人に心当たりのある者はいなかった。
――「竹やぶ」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より