【日々怪談】2021年3月28日の怖い話~ 社の秘密
【今日は何の日?】3月28日:グリーンツーリズムの日、にわとりの日(毎月28日)
社の秘密
山梨県の集落での話だという。子供の頃、木村良雄さんはその集落に家族五人で住んでいた。祖父母と両親、そして自身である。家は兼業農家で父親は会社勤めをしていた。祖父は畑仕事。家には鶏小屋もあり、鶏が十数羽飼われてていた。
家の敷地を出てすぐ裏手に社があった。時折そこに祖父が木箱を抱えていき、何やらごそごそ作業することが習慣になっていた。社の中を掃除でもしているのだろう。
良雄さんは子供は社に近付くなと言い含められていた。そう言われると余計気になる。
ただ、大概は祖父の目が届いていて、近付く事も許されなかった。しかも社の扉は鎖が何重にも巻き付けられ、頑丈な南京錠もあって鍵がなければ開かないようになっていた。
祖父に社のことを聞いても、気にするなと言われるだけで、教えてもくれなかった。
ある日、祖父がまた木箱を抱えて社に向かった。暫くすると畑のほうに行くのが分かった。良雄さんはその隙を見計らって社に近付いた。見ると鍵がきちんと掛かっていない。
気になっていた社の中身を確認する好機だった。鍵と鎖を外して扉を開けた。
暗い社の中に、丸いつやつやした真っ黒な御影石が置かれていた。異様なのは、その石にお札が何枚もべたべたと貼り付けられていることだった。
吸い寄せられるようにして石を見ていると、祖父が畑仕事から戻ってきた。良雄さんは、丁度社に頭を突っ込んでいるところを見つかってしまった。祖父の絶叫が聞こえた。
「何やっとんだ! よし坊! お前、お社で何やっとんだ!」
凄い剣幕である。良雄さんは家まで引きずられていき、質問攻めに遭わされた。
「石は見たんか! 見たな! それじゃ石には触ったんか!」
祖父の剣幕に、良雄さんは指を伸ばして触れてしまったことを告白した。
「触ってしもうたんか! あいつに触ってしもうたんか!」
見れば祖母も〈大変なことになってしまった〉と、必死に仏壇を拝んでいる。
母親も、「あんた何て事したの!」と目を真っ赤に腫らして良雄さんの頬を張った。
家族全員がパニックになっている。良雄さんは怖くなってわんわん泣いた。
連絡を受けた父も、会社から慌てて帰ってきて家族会議に参加した。
「これからどうするか」
「神主さんに相談するしかないだろう」
集落の外れの神社に電話を入れると、神主さんが慌ててすっ飛んできた。集落の子供達の名を全員分覚えているような神主さんで、良雄さんとも面識がある。
顔を見るなり「社を開けてしまったんか」と、眉間に皺を寄せて神主さんが言った。
「大変なことになってしまった。暫くこちらで預からせてもらうけど良いですか」
「何とか助けてやってください 預かってもらって結構ですから」
神主さんの言葉に、家族は四人とも縋るように言った。
そのまま良雄さんは集落の外れの神社に連れていかれた。
「まだお社から近いから、念のためにここから少し離れた別の神社に行ってもらうよ」
今まで集落を離れたことのない良雄さんは、心の準備を整える間もなく、神主さんの運転する自動車に揺られて別の集落の神社に連れていかれた。
「よく来たね。話は聞いているから暫くの間ゆっくりしていきなさい」
別の集落の神社は、良雄さんの集落の神社よりも規模が大きく、社務所に寝泊まりもできるようになっていた。そこの神主さんは優しかった。
またその神社で過ごすためのルールを伝えられた。できるだけ社務所から出ないようにする。もし外に出るにしても神社の敷地内なら良いが、鳥居を潜って敷地から出てはいけない。学校へは暫くは行けないとも言われた。
家族とも会えないままその神社で過ごした。このまま帰れないのかもしれないと不安になって飛び出したくなったが、帰り道も分からないのでぐっと我慢した。
半月ほど経ち、もう事は済んだと自分の住んでいる集落の神主さんが迎えに来てくれた。
集落に戻ると神社で両親が待っていた。帰宅すると、祖父母も喜んでくれた。
「事が済んだからもう大丈夫だ。よく頑張ってくれた」
結局そのときはもう終わったから。大丈夫だからと言われて何も教えてもらえなかった。
良雄さんが成人した頃に、不意にその話題が出た。そのときに父親から事情を教えられた。
「お前を集落から出さないと、贄になってしまうから、別の贄の選別が終わるまでは集落から出てもらうより仕方なかったんだ。石を触って目を付けられてしまったからなぁ」
そういえば、帰宅したときに鶏小屋の鶏が一羽もいなくなっていた。それが関係しているのかと訊ねると、「あの鶏達がお前の代わりに贄になったんだよ」と、父は言った。
良雄さんが集落を出て数日後、全ての鶏が贄にされた。
「集落の端にある大きな木の枝に、うちの鶏がぶら下がっていたんだ」
そのとき、お社の石の由来も教えてもらった。
昔、この村に神様を連れてきて豊作を願ったが、代わりに子供が生まれなくなった。その神様を封印したものがお社の中の石だ。石に貼ったお札は暫くすると消える。だから祖父はお札を定期的に張り替えていたのだった。
――「 社の秘密 」神沼三平太『恐怖箱 百眼』より