【日々怪談】2021年4月7日の怖い話~ 缶ビール
【今日は何の日?】4月7日: プリン体と戦う記念日
缶ビール
久保田さんはお酒は好きだが、家で飲むのは一日に缶ビール一本と決めている。
しかし最近どうも減りが早い。実際に分別ゴミの日に出す空き缶を指折り数えて調べてみると、自分が飲んだ覚えのない本数が出てくる。
不思議に思っていたある夜、テレビを見る自分の背後から冷蔵庫が開く音が聞こえた。
冷蔵庫のドアが閉まると同時にプルタブを開ける音が続く。
ゆっくり振り返ると、空中にビールの缶が傾いて浮いていた。
そして缶は中央でくしゃりと潰れ、誰かが放り投げたように空中に弧を描いた。
分別ゴミ箱で空き缶同士がぶつかる音がした。
久保田さんは呆気に取られた。
そのときはどうにもできなかったが、順調に空き缶は増えていく。
毎日のことである。腹が立った。だが相手はこの世のものではない。お札を貼ったり塩を盛ったりしてみたが、効果はなかった。
プシュ。
今夜もプルタブを開ける音がした。相手はもう隠そうともしなくなっていた。
振り返って缶が傾こうとする光景を目にした瞬間、久保田さんの口が、
「脳卒中!」
と叫んでいた。
口を開けられたばかりのビールの缶が、キッチンカウンターにコトリと置かれた。
次の日から勝手に冷蔵庫のドアが開く度に、
「痛風!」「脳卒中!」「高血圧!」「肝硬変!」「アル中!」
久保田さんは酒に関する病名を叫び続けた。
しかし、昼間は仕事もある。いつも家にいて見張っている訳にはいかない。家にいないときにはやはり缶ビールを開けられてしまう。そこで久保田さんは一計を案じた。
冷蔵庫に、
「脳卒中」
と大書した紙を貼り付けた。
それ以来、缶ビールを勝手に呑まれることはなくなったという。
――「 缶ビール」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より