【日々怪談】2021年4月10日の怖い話~ 掌に
【今日は何の日?】4月10日: 建具の日
掌に
蝉の合唱が喧しい、夏も終わりに近い午後のことだ。
フローリング張りの今のマンション暮らしだって嫌いじゃない。でも、この季節になると、洋間のフローリングよりも、和室の畳が恋しくなる。
だから、久しぶりに実家に顔を出してみた。
「昼寝をしに来たよ」
家の奥に声をかけてみたが返事がない。
――戸締まりをしていないところを見ると、きっと近くまで出かけているんだろう。
秋本さんはそう考えて、玄関をくぐった。
勝手知ったる実家だ。遠慮することなど何もない。
土産と荷物を誰もいない茶の間に放りだすと、お気に入りの部屋に足が向いた。
庭に面した和室だ。
この広くもない古いだけが取り柄の家で、一応“客間”ということになっている。
開け放たれた建具の外には小さな庭があった。
そして、縁側と廊下と、ヒンヤリとした畳。
「これこれ……」
秋本さんは、日差しを避け庇の陰にごろりと大の字になった。
仕事場のエアコンが吐きだす冷気とは比べものにならない。
畳の冷たさと、裏山の木立の間を抜けてきた風が肌にひんやりと心地よい。
……自分が眠りに落ちていたことに気付いたのは、右の掌に重さを感じたためだ。
腕枕で痺れたような、そんな重さが伝わってくる。
首を捩って右手を見る。
――と、掌の上には生首があった。
生首は、秋本さんの掌から無造作に転がり落ちた。
――「 掌に」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ』より