【日々怪談】2021年4月22日の怖い話~影、影、影
【今日は何の日?】4月22日: 清掃デー
影、影、影
彼は、「マンションの部屋洗い」という仕事をしていた。
事件があったり、事故があったり、何らかの変死者が出た部屋を丸ごと清掃する仕事だ。
今日の現場はワンルームマンション。小さい現場なので、彼一人で任されていた。
ひとしきり片付けていって、作業に目処が立ってきたので一服することにした。
「煙草、煙草……っと」
室内に煙草の匂いを残す訳にはいかないので、ベランダに出た。
見晴らしのいい高層階のベランダから風景を眺めつつ一服していると、背後――無人の室内から人の気配がした。床を踏みしめる幽かな音、衣擦れ、吐息。
(……振り向いちゃあ駄目なんだろうなあ、こういうとき)
だから、素知らぬ振りを決め込んで煙草を吹かした。
――ヤバイ。ヤバイ。ヤバイよこれは。
ちらちらと気配の絶えない室内に背中を向けて頑張っていると、影が横切った。
ベランダの中、彼の目前を。
* * *
その保養施設は、彼女の父の会社が所有している。
付近は風光明媚な土地柄で、ちょっとした観光には手頃な場所だった。
施設は社員の家族なら自由に利用できるということだったので、この日は彼女と母の二人で宿泊することになった。
部屋はツインでなかなか広い。
母は旅疲れからか、隣のベッドに入るなり寝息を立てている。
彼女はというと、なかなか寝付けないでいた。
『あの保養所はなあ。昔、首吊って死んだ女がいてなあ』
以前、父がそんな話をしていた。母は笑い飛ばし、彼女は強がった。
だが、いざ現地に来てみると〈ここがそうか、隣がそうか〉と止めどなく考えてしまう。
(ああもう、気になって眠れないよ! お父さんのせいだ!)
何度目かの寝返りを打った。ベッドサイドの照明は横たわる母を照らしている。
その姿を遮るように、二人のベッドの間を黒い影がゆっくりと過ぎっていった。
* * *
俺、去年の盆に帰省しただろ。
そのときに、写真撮ってきたんだよ。デジカメ? んなもんねえよ。
普通の、ホレ、使い捨てカメラな。二十四枚撮りの奴。あれが一番楽だろ。
別に大したもんは撮ってない。まあ、偶の帰省だからな。雰囲気変わった街並みとか、家族とか、そんなもん。
こっち帰ってきて、それで現像に出したんだけど二十三枚しかプリントされてないんだ。
あれー? って。順番に見ていくと、確かに一枚抜けてる。
ネガを蛍光灯に透かして見たんだけど、それが駅のホームでお袋を撮ったときのでさ。
中央にお袋。その後ろに売店。
お袋と売店の間に、白いもんが写ってるんだ。ブレとかそういうんじゃないな。人の形をした……いや、あれは白い人影って感じか。直立した白い影。そういう感じ。
プリント? ……いやあ、止めとくわ。現像した人がわざわざ外してくれたってことはさ、ほら。見ないほうがいいんじゃね? だったら、無理しなくても。うん。
――「 影、影、影」加藤一『恐怖箱 百聞』より