【日々怪談】2021年4月26日の怖い話~女

Pocket

【今日は何の日?】4月26日: よい風呂の日

 ある夏のこと、金子さんのマンションに水道の工事が入り、半日の間、断水になった。
 だが、そんなことはすっかり失念していた金子さんは、買い物に出掛けて汗だくになって帰った。
 さてシャワーを浴びよう――という、そのときに断水を思い出した。
 仕方なしに、ずっと気になりながらも行けないままになっていた、近所の銭湯に足を運んだ。
 時計を見れば、丁度一番風呂の時間である。
 わくわくしながら浴室に入ると、洗い場と浴槽は予想していたよりもずっと広く、明るく、綺麗で快適であった。
 これなら時々なら来ても良いかしら、と思いながら湯船でのんびりくつろいでいると、入り口の引き戸を開けて、長身の女性が入ってきた。
 酷く痩せている。
 青白く血色の悪い肌。一本一本数えることのできる肋骨。
 その上半身の肌にぐるりとロープを巻き付けたような形で、細く長くケロイド状に変色した傷が残っていた。
 事故か何かで負ったのであろうか。手術痕というには長過ぎるし、傷も太い。
 興味はあったが、幾ら同性同士といっても、肌を、しかも傷のある肌をじっと見るのは失礼に当たる。
 恐らく彼女は他の客の視線を避けるために、一番風呂の時間に来ているのだろう。
 金子さんは、少し悪かったかなと反省した。
 だから彼女のほうを見ないように見ないようにと視線を外していた。
 しかし、その女性は洗い場に来ると金子さんの隣に座った。
 ――他に客もいないのだから、もっと離れてくれればいいのに。
 もやもやとしたものを感じながら髪を洗った。続いて、身体を洗うために石鹸に手を伸ばしかけたところで、隣に座る女性の傷が視界に入った。
 彼女の傷は濃い肉色だったが、近くで見るとそれは一本の太い傷ではなかった。
 細い刃先で刻んだのか、女女女女女女女……と小さな傷で書かれた文字が連なっている。
 金子さんには、それが身体に残された縄目に見え始めた。
 女性は、手桶に注がれたお湯を被った。
 だが、お湯に触れた途端、傷はすっと溶けるように肌から消えた。
 金子さんは我に返った。
 慌てて頭から桶のお湯を被ると、逃げるようにして湯船に向かった。
 だが気になって仕方がなかった。
 暫く湯船に浸かりながら、その女性のことを遠目で眺めていた。
 しかし、もう彼女の肌に傷は浮いてこなかった。

 女性は綺麗な肌のまま風呂から上がったという。

――「 女 」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より

#ヒビカイ # よい風呂の日

この記事が気に入ったら
フォローをお願いいたします。
怪談の最新情報をお届けします。

この記事のシェアはこちらから


関連記事

ページトップ