【日々怪談】2021年5月10日の怖い話~ナックモエ
【今日は何の日?】5月10日:ファイトの日
ナックモエ
柘植さんが買い物から帰宅すると、誰もいないはずの書斎のほうから、シッシッと短く息を吐くような小さな声が聞こえてきた。
――ネットラジオでも流れているのか?
最近そういうことがよくある。PCは常時点けっぱなしで、音楽再生ソフトも立ち上げっぱなし。気付いたら音楽が流れっぱなしということもあった。
仕事に追われて注意力が散漫になっているのだろう。
しかし、柘植さんが意識して操作をしている訳ではない。ひょっとしたら、コンピュータウィルス的なものが紛れ込んだとも考えられる。
――ウィルスだったら面倒臭ぇなぁ。
書斎に行くと、机の上に掌ぐらいの大きさの男がいた。
そいつは机の周囲を殴る蹴るしている。
裸に派手なパンツ。赤いグローブ。頭にはヘッドリング。腕に縄を巻き付けている。
シャドウボクシングのように身体を激しく動かし、声を上げながら机の上に置かれた本やキーボードを蹴っていた。
ナックモエ――タイ語でムエタイ選手のことだ。
俺の机の上で小人がムエタイの練習しとる!
柘植さんは買ってきたばかりの煙草の箱を、その小さなムエタイ選手に投げつけた。
小人は素早く片足を持ち上げ飛んできた箱を脛で受けると、液晶モニタの裏側に転がるようにして駆け去った。
柘植さんのPCの不調はまだ直っていない。
――「ナックモエ」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より
#ヒビカイ # ファイトの日