【日々怪談】2021年5月15日の怖い話~記憶
【今日は何の日?】5月15日:国際家族デー
記憶
衛生士の高嶋さんは、新興住宅地にある中古住宅を購入した。
外壁から何から全てリフォーム済みで室内も明るく、家族全員が気に入って決めた家だったが、入居してすぐ〈音〉に悩まされるようになった。
夕方台所に立つと、俎板を叩くリズミカルな包丁の音とともにカレーやシチューの匂いがした。
走り回る子供の足音や、兄弟喧嘩の声、階段を上り下りするたびに踏み板が軋む音など、所謂〈生活音〉である。
「行け~! 入れ~っ! おっしゃ、ホームランや~!」
などと、野球中継に反応する声まで聞こえた。
それが毎日繰り返される。
まるでもう一組、別の家族がそこで生活しているかのようだ。
元々ここに住んでいた家族は現在も健在なのが確認されているので、事故物件という訳でもないらしい。
それでも、気味が悪いものは気味が悪い。
引っ越そうと決めてから、思いの外早く住宅資金は貯まった。
高島さんが引っ越してから間もなく、今度は営業マンの小倉さん夫婦が入居した。
小倉さんもまた、同じように〈音〉に悩まされた。
姿が見える訳ではないし、何か悪さをするということもない。ただ、聞こえるというだけである。
だが、連日のことに奥さんが参ってしまった。
困り果てた小倉さんはダメ元で、居間で〈音〉の主に頼み込んだ。
「大事に住むから、もう許して下さい」
以来、音はピタリと止んだ。
小倉さんは宣言通り、家を大事に扱った。
リビングには花を絶やさず、掃除も隅々までこまめにやり、極力壁や柱に傷を付けたり穴を開けたりしないように気を付けた。
「ここに釘を打ちたいんだ。ごめんな」
どうしても必要なときにだけ、そう一言声を掛けた。
すると、長年不妊治療に通っていた奥さんが、それから間を置かずに妊娠した。
あれほど努力してもできなかった子供を授かったのである。
その他にも消し忘れたコンロの火や風呂の追い焚き機能が止まっていたり、鍵を掛け忘れて出かけた後、慌てて家に戻るとちゃんと施錠されていたりと、フォローしてもらえた例は枚挙に暇がない。現在は大変快適な住み心地であるという。
恐らくあの〈音〉は、この家の持つ一番幸せだった時間の記憶なのかもしれない。
同じような時間をともに過ごしたくて、わざわざ聞かせたのかもしれない。
小倉さんはそう考えている。
――「記憶」ねこや堂『恐怖箱 百舌』より
#ヒビカイ # 国際家族デー