【日々怪談】2021年5月20日の怖い話~線香
【今日は何の日?】5月20日:森林の日
線香
森永女史は、残念ながら見える人だった。
しかも、病院勤め。
「病院だったら商売がら人死に多そうだけど……」
「だから困るのよ」
夜勤の多い仕事ではあるのだが、彼らは昼夜などお構いなし。
昼間でも夜中でも、出たいときに出る。
「患者さんが亡くなるとすぐにわかるの。匂いがするからね」
「死臭とか?」
彼女は頭を振った。
「あのね、死んだ患者さんってお線香の匂いがするのよね」
昼間、廊下を歩いていると、何人かの患者とすれ違う。
「そのとき、お線香の匂いがする人はもう死んでる人。だから、すれ違うときにお線香の匂いがしたら挨拶しちゃいけない。だって、相手はもう死んでるんだからね」
昼間はそれでも人も多いが仕事も多く、こちらも立ち歩いていることのほうが多いので気にならない。
「困るのは夜ね。夜中は、ベッドの横にずっと座ってるから」
空っぽになったベッドの横に、じっと座り込んでいる。
個室ならともかく、大部屋の空きベッドの脇に線香の臭いを立ちこめた人が座り込んでいるというのは、あまりいい気分ではない。
「いっぺん、すっごく困る人がいたのよ。身寄りのないお爺さんが亡くなってね」
死んだ老人は、線香の匂いをさせながら森永女史の元にやってきた。
〈生前お世話になりました〉というお礼を言いにくるならまだかわいい。
「一晩中、ずーっと恨み言を聞かされるの。一晩中よ! 私だって仕事あるし、だからって帰ってくれって言ってわかる人たちじゃないし、辛いし困るし、もうたまんないのよ、あれは!」
「でも、医者や看護士は、数をこなせば人の死にも慣れるって言うでしょう」
そう訊くと、森永女史はピシャリと言った。
「そりゃね、人が死ぬことには慣れる。でも、未だに慣れないわね。死んだ後の人には」
――「線香」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ― 』より
#ヒビカイ # 森林の日