【日々怪談】2021年5月23日の怖い話~呼ぶ声
【今日は何の日?】5月23日:キスの日
呼ぶ声
仙一は、彼女を誘って夜のドライブに出かけた。
行き先は海。
海岸沿いは少し風が冷たい。
遠くに漁り火が見える他は、人の気配はない。
防波堤の上に、他にカップルがいるでもない。
ただ、寄せては返す波の音だけが響いている、遅い夏の海。
なかなかいいムードだった。
他愛もない話を二言三言と交わすうち、だんだんと会話が途切れがちになる。
沈黙。そして波の音。
〈そろそろキスを……〉
などと間合いを計っていると、彼女が言った。
「何か聞こえない?」
耳をそばだてると、波の音に混じって声が聞こえた。
〈……おお~い、おお~い〉
地元の高校生だろうか? ギャラリーが近くにいるのはまずい。
しかし、辺りにそれらしい人影はない。
「気のせいだよ」
いい雰囲気を取り戻そうと、笑顔で取り繕った。
が、再び声が聞こえてきた。
〈……おお~い、おお~い〉
誰かが呼んでいる。
さっきよりも声が近い。
彼女の耳にもはっきりと聞こえているようで、その顔にはもう笑みはなかった。
声は背後の松林の中からではなく、正面の海の沖のほうから聞こえてきたからだ。
彼女は不安げに仙一の腕をギュッと握る。
突然、声は耳元で大きくなった。
〈行くなああああ、行くなあああああああああああああああ!〉
仙一は彼女の手を強く握り返し、走りだす。
車に乗り込んだ二人はそのまま防波堤から逃げた。
――「 呼ぶ声 」加藤一『禍禍―プチ怪談の詰め合わせ―』より
#ヒビカイ # キスの日