【日々怪談】2021年5月25日の怖い話~鏡棚引く
【今日は何の日?】5月25日:主婦休みの日
鏡棚引く
休日の午後のこと。
今日はゆっくり過ごそうと考えていたのもつかの間、どうにも身体がだるい。
体調を崩しているのかもしれない。
身体が動く内に、と早々に布団を敷いて潜り込む。
横になって目を閉じるとすぐに眠気に包まれた。
うとうとしていたのはほんの二~三十分だったと思う。時間は午後の三時過ぎくらいか。
余り深い眠りには落ちなかったようで、辺りの明るさは横になったときとさほど変わっていなかった。
喉の渇きを感じた。何か飲み物を、と身体を……。
起きなかった。
手足に力が入らない。何かに押さえつけられているのか、そうでなければ自分の身体がまるで自分のものではないかのように思えた。
しかし意識は明晰で、身動きが取れないことに動転することもなかった。
落ち着いて、どうしたものかと辺りを窺う内に、押し入れが視界に入った。
布団の足下のほうにある押し入れの柱に、鏡が掛けてある。
その鏡の前に、白く霞んだ煙のようなものが一筋、棚引いていた。
太さで言えば、やせ衰えた人の手首ほどだろうか。
それは見る間に細く、そして長く伸びていく。
室内に火の気はないはずだ。
一体何処から……と目玉だけを動かして煙の出所を探す。
じわじわと伸びていく煙の端は鏡面に続いていた。
というより、煙は鏡の中から湧きだしているようだった。
蛇か、それとも誰かの腕か。
そうとはっきり断言できるほどはっきりした輪郭はない。何度目を凝らしても、それはただ朧気な靄を纏った細長い白い煙にしか見えなかった。
それでも決して空気の中に散ってしまうことなく、一筋の煙という態を保って棚引く。
見とれている内に、鏡と繋がっていないほうの一端がじわじわとこちらに近付いてきていることに気付いた。
身を捩る。動かない。
捩る。動かない。
動かない。
煙は足下に迫っていた。
あの煙に触れられたらおしまい――。焦りが湧いた。
厭だ。厭だ。厭だ。厭だ。
「厭だ!」
藻掻いた拍子に、不意にバネ仕掛けの人形のように身体が動いた。
しるしるしるしるしるしるしるしる……。
煙は、まるで見えない吸気口から吸い出されるように、元の鏡の中に消えた。
――「 鏡棚引く」加藤一『恐怖箱 百聞 』より
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