【日々怪談】2021年5月27日の怖い話~よたか塚
【今日は何の日?】5月27日:背骨の日
よたか塚
秋本さんの勤める土建会社に、自治体から工事の依頼があった。
とある山に放置されている廃寺の解体工事である。檀家は新しくできた別の寺に全て移っている。しかし廃寺の敷地には無縁さんの墓が残っている。そこで、廃寺を解体すると同時に無縁さんも退けてくれというのが依頼内容であった。
秋本さんが現場を見にいくと墓の一角に塚があり、慰霊塔が建っていた。
刻まれた文字を読むと、「よたか塚」とあった。
日程を詰めて、早速撤去作業を進めた。とにかくまっさらな状態にしてくれとのことなので、掘り起こすと同時に土地の地盤を固めるための地ならしも平行して行う。
掘り起こすと何体分もの骨が出てきた。だが想定の範囲内である。それらの遺骨も件の新しい寺に持っていく約束になっている。件のよたか塚からも五体分の骨が出てきた。
その作業の間、久住という若い作業員が茂みのほうをやたらと気にしている。数分に一度は振り返って、少し離れた薮を睨んでいる。どうしたと訊くと、納得のいかない顔をして、「あっちから見てる奴いますよね? あれ女ですよね?」と訊いてきた。
秋本さんには何も見えない。久住は作業が手に付かないようで、他の作業に移っても、その薮をじっと見ている。注意しても、心ここに在らずという体である。
「何だあの女。着物着てる。顔も真っ白」
「あー分かった。あれ頭から布被ってんだ」
「笑ってるよ。笑ってる。歯真っ黒だよあいつ。気持ち悪いな」
口に出す声が次第に大きくなった。もう作業にならない。少し休めと言って、久住を休憩させた。その間もぶつぶつと何かを言っている。
「あいつ、にたぁっと笑ってこっち見てやがる。あー。真っ黒。歯ぁ真っ黒。何でそんなに黒いんだよ」
久住が繰り返すので、他の作業員も気持ち悪がった。
だが幸いなことに、その現場は特に事故もなく終わった。
暫くして秋本さんは、別の現場で久住と一緒になった。
久住は何故か秋本さんにくっついて歩いては、やたらと話し掛けてくる。
「俺の家に幽霊が出たんですよ。女の幽霊でね」
興味はないと言っても、やたらしつこく絡んできては一方的に話し続ける。
「寝てたら嫌な予感がして目が覚めたんですよ。そしたら女がにたにた笑いながらこっち見てんですよ。それもねぇ、毎晩毎晩来やがるんです」
「久住、お前、お祓いでも行けばどうだ?」
「思い切り大口がばぁって開いて噛み付いてくるんですよ。あの歯が真っ黒なのは、お歯黒って言うんですね。それをこう腕で防いだらね、がぷうって噛み付かれちまったんですよ」
ほらと言って腕を捲る。そこには青黒い痣のような痕が残っていた。
「これ首に来るとこだったんですよ。もうちっとも痛くないんだけど」
その後、久住はバイクでのツーリングの最中、コーナーでハンドルを取られて事故を起こした。危うく腕が千切れてしまうところだったという。
後日、秋本さんは無理矢理久住にその傷跡を見せられた。例の幽霊に噛み付かれた部分だった。その部分の肉は歯形のような形に抉られて窪んでいた。
「俺のハンドル操作ミスじゃないですぜ。突然腕がめちゃめちゃ痛くなったんですよ。誰かが噛み千切ろうとしてんじゃないかって痛さ。あれが首なら死んでましたよ」
よたか塚のあった廃寺跡には、テニスコートができた。
しかし結局、整備が行き届かず、使う人は誰もいない状態で放置されている。
――「 よたか塚」神沼三平太『恐怖箱 百眼 』より