【日々怪談】2021年6月18日の怖い話~上地蔵

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【今日は何の日?】6月18日:おにぎりの日

上地蔵

 明神さんは子供の頃、高知と徳島の県境近くの集落で育った。
 その集落の外れ、坂を随分登った山との境目には、「上地蔵」と呼ばれるお地蔵さんが立っており、集落の家々が輪番でそのお地蔵さんに食べ物を供えるという風習があった。食べ物はちゃんとした料理でなくてもいい。おにぎりならば上等。前夜の食べ残しや畑で採れた屑みたいな野菜でもいい。これは絶対に守らなくてはならない決まりになっており、きちんと当番の家がお供え物をしたか、別の家にチェックまでされる厳しいものだった。
 供えた食べ物は、翌朝にはすっかりなくなっている。
 集落の大人は、子供達に「お供え物はお地蔵さんが食べるための物なのだから、絶対に悪さはするなよと」と言っていたが、子供達はその言葉を嗤っていた。
 大人はいつも「お地蔵さんには近付くなよ、絶対に触っちゃ駄目だぞ」と言うが、その理由としてお地蔵さんが物を食べるというのは子供騙しに過ぎるだろう。石でできたお地蔵さんが何かを食べるはずないじゃないか。どうせ狸か野犬かが食べているんだ。でも、もしかしたらツキノワグマかもしれない。クマが出るなら大人が山のほうに行っちゃいけないという理由としては十分だ。しかしそれならクマが出ると言えばいいだろうに。何でわざわざ上地蔵さんのことをいう必要があるんだ――。
 子供達の間でお地蔵さんの話をしていると、「インチキだからだよ」と、ガキ大将のタカシが言った。
「じいちゃんもばあちゃんも、いつまでも俺達を子供扱いしたいだけなんだ。地蔵なんて安全だって証明して、あそこを俺達の秘密基地にしちまおう――」
 その提案は子供達の好奇心を煽った。
 お地蔵さんの周辺は柵で囲われ、狭い小屋が建ててある。農作業の合間の休憩ついでに、お地蔵さんに近付く者がいないか監視しているのだ。しかし、タイミングさえ合わせれば、忍び込むのは難しくはない。そこで学校が休みの日に忍び込むことにした。
 明神さんは、親には遊びに行ってくると言って家を出た。駄菓子屋でスナック菓子を買って集落の外れまで来ると、もうタカシ達は先に来て待っていた。
「本当に食べるはずならこのお菓子だって食べるだろう」
 そう言って袋に入った駄菓子をお地蔵さんの前に置いたが、何も起きなかった。
「やっぱりなぁ」
「大人は嘘つきだ」
 そんなことを言い合っていると、目の前で駄菓子の袋がガサガサと音を立て始め、間もなく駄菓子の袋は平たくなってしまった。
「やっぱり食べた……」
「まずいよ。やっぱじいちゃん達の言ってたのは正しかったんだ」
 子供達は半泣きである。それを見てタカシは、
「こんなもん、俺がトリックをあばいてやる!」
 そう言って、お地蔵さんを持ち上げようとした。
 お地蔵さんに触れた直後に、タカシは「痛い!」と絶叫した。バランスを崩したのか、タカシはお地蔵さんと一緒に倒れ、左手がお地蔵さんの下に挟まれた。
 お地蔵さんの下敷きになった左手の辺りから血が流れ出し、地面を赤く染めた。
 子供達は怒られるのを覚悟で大人を呼びに行った。
「お前ら何でここに入ったんだ!」
 怒声を上げながら数人の大人達が駆けてきた。大人達は声を掛け合いながら、お地蔵さんに荒縄を巻き、「触るなよ! 触るなよ!」と言い合いながらお地蔵さんを持ち上げた。
 タカシの手は血まみれで、手首から先がなくなっていた。
「やっぱり食われちまってたか!」
「いいから子供運べ運べ!」
 そのままタカシは病院に送られた。
 地蔵の下には、潰れたはずのタカシの指も掌もなかった。

「あの地蔵はな、何でも食っちまうんだ。お前ら食われちまうところだったんだぞ」
 年配の男性はそう言うと、昔話を教えてくれた。
「昔、大人が目を離した隙に、子供が地蔵に食われちまってな。気付いたときには血でぐっしょりになった着物しか残っていなかった。あの地蔵はな、食い物を供えないと、集落まで降りてきて人を食うんだ。だから皆仕方なくお供えしているんだ――」
 そのお地蔵さんを、集落の大人達は「餓え地蔵」と呼んでいたのだという。

――「 上地蔵」神沼三平太『恐怖箱 百舌』より

#ヒビカイ #おにぎりの日

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