【日々怪談】2021年7月14日の怖い話~片笑顔
【今日は何の日?】7月14日:リカちゃん人形が発売された日
片笑顔
優香さんには聖子ちゃんという一人娘がいる。
聖子ちゃんはある日、ソフトビニール製の女の子の人形を買ってもらった。
だが数日すると、その人形の顔に大きな傷が入っていた。
最初にその傷に気が付いたのは旦那さんだった。
「おい、あの人形の顔、裂けちゃってるぞ」
旦那さんの指摘で人形を見ると、口元から左頬に向けて大きくぱっくりと裂けている。
中を覗くと中空で、肌色の地色が見えた。
店に相談すると、店側は初期不良ということで交換に応じてくれた。
ただ、在庫がないので数日待つことになった。
聖子ちゃんには、お人形さんは怪我しちゃったから、お医者さんに行ったんだよと言い含めた。
数日して店から連絡があり、優香さんが人形を受け取りに行った。
「お人形、病院から帰ってきたよ」
交換してもらった人形を与えると、聖子ちゃんはにっこり笑って人形の頬を撫でた。
夕方、旦那さんも帰宅して、家族三人で揃って夕食を摂った。
だが夕食後に、いつもならテレビを視ているはずの聖子ちゃんが見当たらない。
寝室を覗きに行くと、ベッドの上で聖子ちゃんは電気も点けずにごそごそしている。
「どうしたの?」
蛍光灯を点けると、聖子ちゃんは今し方受け取ったばかりの人形の口に、無理矢理鋏を入れていた。
ジョキリという音と共に、人形の左頬に大きく切れ目が入った。
優香さんは大声を上げた。
その声に旦那さんも飛んできた。
「ちょっと座りなさい」
夫婦は娘を正座させた。何故そんなことをするのかと二人掛かりで問いただした。
だが、聖子ちゃんは自分が悪いことをしたという意識はないようだった。
「これで良いの!」
強い口調で叱っても、頑として聞かない。
そのとき、突然聖子ちゃんの口元から左頬に向けてぱくりと傷が口を開き、その傷口から血が筋になって流れ始めた。
突然のことに両親は慌てふためき、娘を病院に連れて行った。
何か鋭利な刃物で切ったような傷だが、幸い頬の内側までは届いていない。
縫う必要もなさそうだった。治療の最中も、聖子ちゃんはずっと頬の裂けた人形を抱きしめていた。
数日して、再び病院に行く道すがら、バス停で行き会った一人の身なりの良い老婆が、
「この子にも絆創膏貼ってあげようねー」
と、ニコニコしながら声を掛けてきた。
彼女は人形の傷に沿って絆創膏を貼った。
その瞬間、聖子ちゃんは何か憑き物が落ちたようなきょとんとした顔をして、
「何でこのお人形、お顔に傷があったの?」
と優香さんを見上げて訊いた。老婆は笑顔のまま、
「やっぱりねぇ」
と目を細めると、聖子ちゃんの頭を撫で、
「そのお人形、大事にしてあげてねえ」
と言って、バスにも乗らずに立ち去った。
幸いなことに聖子ちゃんの頬の傷は癒えて、今は痕も残っていない。
その人形は、頬に絆創膏を貼られたまま、現在も優香さん宅で大事にされている。
――「片笑顔」神沼三平太『恐怖箱 百聞』より