「バインド 」澤村有希 その2 ~問題~
私――澤村は単純な質問をした。
その後、漠然とした不安は解消されたのか、と。
駒田さんは苦笑を浮かべる。
「それはなかったですね。残ったままでしたよ」
挨拶から半年後、彼女は結婚した。
披露宴は二回行われた。お互いの会社関係がメインの東京と、乾家とその土地の関係者を呼んだものだ。
二回目のものは乾の跡継ぎが嫁を取ったと報せる為と、土地の有力者へ顔見せの側面が強い。
当初この話を聞いたとき、正直なところ驚いた。
彼から〈僕は乾家の次男で、跡取りではない、だから地元に戻ることもない〉と説明されていたからだ。それが一転、こんな話になった。当然、大喧嘩になる。東京で暮らし、子供は都内で育てていくという約束だったのだから。
結婚を白紙に戻すような話も出たが、それは許されなかった。
乾家が猛反対したのだ。すでにかなり広い範囲で結婚について話を流しているらしく、ここで反故にすると家が大恥を掻く、らしい。場合によっては訴訟問題になるぞと相手の親から脅された。
彼女の親もすでに親族一同に話していたことから、結婚を推してきた。
「いいじゃない。相手が資産家なら、この先万々歳よ。それにあなたが子を産んでも内孫じゃないからね。お兄ちゃんはもう居ないんだから、私たちは時期が来たら、自分たちのお金で老人ホームへ入るから。心配しないで」
確かに言うとおりだ。子供に迷惑を掛けないように、と言うより、完全に娘を見放しているように感じられるが、両親は元からこんな性格だ。
それに兄も彼が高校時代に病気で夭折して、すでにこの世にいない。
駒田さん自身もすでに退職願は出し、引き継ぎもほぼ終えていた。
確かに結婚を止めると様々な手間が掛かる。それに後を継ぐのもすぐではない。まだ数年は猶予があり、それまでは東京で暮らせる。加えて面倒くささや自分の対面という部分で諦めが出てきていた。
なし崩し的に結婚し、二度の披露宴を終え、駒田さんは乾となった。
唯一の希望は夫となった彼のお兄さんだ。
現在地元にいないと言うが、この人が戻ってくれば跡継ぎの話は消えると聞いた。
(お義兄さんが継いでくれたら、全ての問題は消えるんだ)
それだけを心のよりどころにした――のだが、それはすぐに打ち消された。
夫がすぐに実家を継ぐことになったのだ。
披露宴後、二ヶ月も経たないときだった。
有無を言う暇も無く、彼女は東京を去り、夫の実家住まいとなった。
微々たるものとはいえ、おかしなことがあった家だ。
毎日怯えて暮らすことになるのだろうかと考えていたが、それは杞憂に終わった。
何故なら、嫁姑問題が起こったからだ。
家事全般をやらされた上、ひとつひとつに嫌みを言われる。
着ている服や下着を勝手に見ては、商売女みたいと蔑むような台詞を吐かれた。
まだ新婚なのに、子供はまだか、跡取りはまだかと常に同行をチェック。
うちの格に見合わないのに、何故嫁に来たの? と真顔で問い詰められる。
風呂は最後。追い炊きや湯の追加は不可。
テレビなどは勝手につけて見ることは出来ない。
食事を整えるときは、義父母と夫が一汁五菜を揃えることを言い渡された。
彼女の食事は一汁一菜。ご飯は茶碗半分以上よそうと酷く叱られた。
また同じ食卓に着くことは出来ない。いつも彼らが食事を終えてから、キッチンでひとり済ませる。
乾家の三人が出した残り物は食べてはいけない上、温め直しをして次の食卓に出すことも禁じられていた。おかげで体重が見る間に減っていく。
再現ドラマやネットで見るような嫌がらせばかりだったが、実際にやられると精神的にも身体的にも追い込まれた。
と同時に、義父によるセクハラにも悩まされる。
夫は実家の家業で朝から夜中まで出ずっぱりで、土日祝日も家に居ることがなかった。
夜、寝る前に義父母のことを訴えたが、取るに足りない話だと無視をする。
それでもと話を続けると無言のまま部屋を出て行った。実家内の他の部屋で寝るためだ。
こんなことが続けば、子供など出来るはずがない。
夫の実家には誰ひとり味方が居ない状態だ。
当然、友人たちは東京であり、愚痴を言う相手も、相談する相手も皆無だった。
実家へ連絡をしても『我慢しなさい。私もそうだった』と母はこちらを突き放す。
父も似たような感じだ。性別の違いもあり、あまり話が通じない。
亡くなった兄のことは最初から除外していた。
~つづく~